北近江で過ごす夏の日
ちょっと心が折れかけたある日、旅に出ることにした。
その日の朝、ライターの中村洋太さんに相談をしてみたら、僕はこれから旅に出るからあまり時間がないけどいいですか?という。
それを聞いて、あ、旅に出ればいいんだと思った。
車を運転して、ひとまず南下することにした。
とりあえずの行き先は敦賀だった。
先日取材したカフェのかき氷、本当においしかった。提供が始まったら、普通に食べに行きたいと思っていた。
結局、私は琵琶湖にいた。
それはとても美しい海のようだった。
ただ波を見ながら、音を聞きながら、本を読んでいると、小さな湖が気になった。
余呉湖。
普通電車に乗っていると、敦賀から長浜の間にある余呉。よご、聞いたら忘れない名前だけど、行ったことはない。いつも通り過ぎるその場所に行ってみようと思った。
余呉湖はとても美しいところだった。
焚き火が見ていて飽きなく、癒しを感じるように静かな湖の水面もまた、何度見ていても飽きなくて、癒しだった。ここにずっといたくなって、私はただひたすら、持ってきた本を開いたり、ポッドキャストを聴いたりしながら、湖のほとりで時間を過ごした。
余呉湖の周辺のすべてがなんか美しく見えた。
加えて、人があまりいないことも居心地をよくさせていた。その日は雨の予報だったのに、1日晴れて、しかも曇り空でほどよく過ごせた。
気がつくと18時くらいまでその辺りにいて、暗くならないうちに帰ることにした。
でも私は、次の日目が覚めてもまた余呉湖に行きたくなってしまった。三連休の中日だったのもあって、前日からなんとなくGoogleマップで見つけたキャンプ場に行って泊まることにした。
テントは買ったのに張ったことがない。張れたことがない。YouTubeで見つけた動画でそれっぽそうなものを見つけて、これを見ればなんとかなるだろうと、半ばぶっつけ本番で向かった。
途中、渋滞することのないはずの田舎の国道で車が動かないまま、列になっていた。それ以外に道はないから、仕方なくそこに並んだ。
あと15分というところまで来たのに、あまりにもゆっくりして出て行ってしまったので、待っているうちにキャンプ場の受付終了時間に近づいて電話すると、まだあと45分以内に来てくれれば対応してくれるという。
おそらくその場所で10分くらいは立ち往生していた。
それは、昔のトンネルだった。
一方通行で両側の出入り口にそれぞれ信号が付いていて、しかも長い。片側しか進めないので、一方が進んでいる間、反対方向の車は信号待ちのため、渋滞することになる。
入り口のところに「柳ヶ瀬隧道」と書かれていた。トンネルではなく、隧道となっているのに、昔っぽいものを感じる。
日本遺産とか近代遺産とかいうものなのかもしれない。今も使われているものの、待ち時間があって不便。しかも道が細くて若干こわい。でもすごく味がある。好きな人は好きだろうなと車の中からそのレンガや電光を見ながら思った。
長いトンネルが終わると、ほどなくしてキャンプ場に着いた。
ウッディパル余呉というキャンプ場はとても、かわいかった。この建物を見たとき、なんとなく来てよかったなと思った。
無事にテントも立てられた。
キャンプ場の人からもらった余呉の温泉、北近江の湯へ向かった。
そうか、ここは北近江になるのか、とその名前を見て思う。
近江塩津の辺りを車で走っていたときは、西浅井という地名があって、あぁ、浅井氏の本拠地付近になるのか…と思った。
キャンプ場で見た夕焼けが何とも美しかった。
写真に撮ってみると、肉眼で見た方がずっときれいなのだけど、母に写真を送ってみると、写真だけでも美しく見えたみたい。
景色が美しいとは、なんだろう、目に見えるものだけが美しいからだけではない。空気がおいしくて、音がよくて、雰囲気も良くて、と視覚以外のいろんな情報がきっとセットになっている。
北近江の湯の泉質はとても良かった。
料金は決して安くはないけれど、石けんも何も持たずに来たからシャンプーとかはあるし、サウナも入れるしでちょうど良かった。田舎だけど、利用時間は90分という制限に都会っぽさも感じた。出入り口には自転車も結構置いてあって、琵琶湖をツーリングしている人も結構多いらしい。
近江塩津の道の駅に来たときから、自転車の人たちをよく見かけるようになっていた。
料金の計算方法がよくわからないけど、料金表を見ていると2000〜3000円くらいで泊まれそうではある。それなら、キャンプ場じゃなくてこっちがよかった…ともチラシを見ていて思ったが、もう遅かった。
おしゃれな個室の写真も、入ってみるとそれほどでもないかもしれないと自分をなだめながら、次に余呉に来たときはここに泊まろうと思った。
お風呂はジェットバスも全部温泉のお湯になっているっぽかった。主張してくる泉質ではなかったけど、露天風呂に入ったとき、無性に多幸感があった。
パソコンを持ってきて残っている仕事をやろうかなと思っていたのに、お湯に浸かったりサウナに入ったり、人を観察したりしているうちにゆったりと時間を過ごしているうちにあっという間に時間が経っていた。
疲れたし、出てからも共有スペースでゆったりしているうちに制限時間の90分になっていた。シャーベットのような小さなアイスバーを買って温泉施設を出ると、22時近くになっていた。
もう夜ご飯を食べるようなところはなくて、仕方なく、木之本インターチェンジの近くにあるセブンイレブンに寄った。
お店に入ってなぜか、カップラーメンが目についた。いつもだったら目につかないのに、このときだけはなぜか他のものを見ても、やっぱりカップラーメンがよく見えた。おにぎりやコンビニお惣菜の麺類を見てから結局、ドアの近くに戻ってセブンイレブンのプレミアムブランドの150円のやつにした。お店に入ったときからもう、これだったのだ、きっと。
店内のポットからお湯を入れて、どこで食べようかと思って、車の中で食べることは決めていたのに、食べ始めたらやっぱりキャンプ場に行きたくなった。10分くらいかかるけど、早く戻らないとお隣さんのテントはもう寝てるかもしれない。もう寝ているのに車が通ったら迷惑だ。
ひとまず、カップ麺がこぼれないようにだけして、キャンプ場に戻るとお隣さんのテントはまだ電気がついていて安心した。
車をキャンプ場に停めると、車の中でカップ麺を食べてから、ビールはテントの脇で飲むことにして、星空を眺めながら飲んだ。
とてつもなくきれいな星空だった。
おそらく視力があまり良くない場合でも、天の川のようなものがあることくらいは確認できると思う。夏の大三角形のような代表的な星だけでなく、空全体に光り輝くものが散りばめられているような感じ。
たまに起きていて、焚き火をしている人たちが何組かあって、とてもいい感じの夜だった。
ビールを飲んでポテトチップスを食べ終えて、歯を磨いてテントの中に入ると、もう眠くなった。本をいっぱい持ってきて読もうと思っていたはずなのに、読めなかった。
結局懐中電灯をつけている間もなく、スイッチを消して目を閉じた。すごく眠くて疲れているのに、なんでだろう、なかなか眠れなかった。
もう少し上の方でしゃべっている家族連れの人たちの音を感じながら、でも目を開けるでもなく、眠りにつくでもない夜が続いた。
おそらく2時3時ごろには誰の音もなく、静かだったけれど、ただただ地面が硬くて寝れなかった。そして寝れないのも正解だった。時折、何も掛けていない体が寒くなって寝袋を掛けて、そしてまた汗をかきすぎて暑くなっていて、の繰り返しだった。
硬いし、温度はちょうど良くないし、寝られないのだけど、それがものすごく嫌な感じもなかった。これが自然の中ということなのかもしれない。
もし北近江の湯で寝ていたら場合によっては、隣の人の音が気になっていたかもしれない。快適な環境にはまた別の要素がある。
でもテントの中で一晩を過ごして、なぜ家というものがあるのか、なぜ布団があるのか、体感で良くわかった。やっぱり人間は自然の中では寝られないし、生活できないなと思った。でも、テントがあったおかげで虫からは守られた。
夜が明けて明るくなってきても眠くて横になっていたが6時半になったころ、暑さの限界がきた。日差しがもう強すぎた。
慌てて起きて、テントを畳むことにした。これ以上日に当たっていると、熱でやられることになる。
でも体はまだ目覚めていなかった。今から福井に帰ろうとはなかなか思えなかった。敦賀のコメダ珈琲に行くにしても30分はかかる。とても敦賀まで8号線を30分掛けて運転する気にはなれなかった。
すごく暑くて、日差しがあるところでもう少し横になりたかった。
余呉湖に行くことにした。
朝に見る余呉湖はさらに美しかった。
湖の近くのベンチで寝転がったり、座ったりしながらしばらく時間を過ごした。
人はあまりいなくて、よくよく見てみるとこの公園の駐車場で寝泊まりしたっぽい女性の車が一台あるくらいだった。
テントを一つ見て、私もここで泊まりたかったとちょっと思った。ただ、どこにおいても、キャンプ禁止という看板が立っていた。
みんなだいたい1人で来ていた。あるいは釣りで誰かとセットで来ている人たちやバイクの恋人2人組がたまにいた。
1時間くらい余呉湖周辺で過ごした後、まだ福井まで帰る元気はなくて、前日にGoogleマップで見たリフト場へ行ってみることにした。
駐車場には係の女性がいて、まだほとんど停められていなかった。日陰のある場所に停めると、かっこいいバイクが隣にあった。バイクの持ち主の女性もまたかっこよかった。
駐車場でゆっくり休んでからリフトに乗ると、そこには夏の景色が広がっていた。
北近江というのは、おそらくあまり人が混み合っていないところなのかもしれない。時々家族連れを見かける程度で、ほどよく人がいて、ほどよく人がいなかった。
山頂からの眺めは最高だった。
ちょっと長く書きすぎたので、また今度書きます。