4.こどものわたし

朧気な、わたしとしての最初の記憶。

2歳、妹が生まれる数か月前に今の実家があるところに引っ越す。これだけは両親に感謝している。大切な友達に出会う。ここで人生最大の運を使ったとも思っている。でもそれでもいいくらい。幼馴染で親友、幼稚園から中学まで同じ。今では家族と思っている仲。唯一の友達。

幼稚園、この頃からみんなの先頭に立つことが好きだったらしい。つい先日、母が幼稚園時代の元園長先生に会ったらしく教えてくれた。近くで火事があったときのわたしの言動(みんな防災頭巾かぶってーとか言ってたらしい)外部の人に褒められたことあるのよーって。そんなの初耳。覚えていない。20年以上前からわたしらしいなぁ。そして恥ずかしい。そんなことしてたから変に強化され続けて育っちゃったのよわたし。あと極度の泣き虫。何事もうまくいかないと泣いていた。家では父に泣くことを禁じられ(それでも抑えられないから泣いてたけどよく怒られた)年長の担任は泣くことに寛容でいつでも泣いていいんだよ、と受け止めてくれていた。これはわたしの価値観が広がった出会い。泣いてもいい、と子ども心に思ってたなんてよっぽど抑圧されてたね。

小学校、ここから中学までは何をやらせても1番といっても過言ではないくらいなんでもできた。勉強も運動も図画工作的なのも書道も詩とかとにかくなんでも。常に表彰されていた。学級委員長とかなんとかリーダーとかに絶対なるタイプ。今思えば正義感振りかざして人のこと見下してた、なんて思ったり。そんなんだから反感買うし少しいじめられて人との距離感がわからなくなり始めた頃。

中学校、テストでは校内1番だし成績はオール5。簡単だった。でもできないこともある。人間関係に緊張感を覚えるようになった。人見知り発動。運動系の部活では才能がないことがわかる。受験で格下と思っていたライバルに敗れる。徐々に人生下り始めていた。

高校、志望校に入れたものの勉強についていけずビリを彷徨う。そんな自分が許せなかった。部活は全国大会を目指すようなチームだったけどわたしがいると全国大会には行けないとOGに言われ誰に相談することもなく退部を決意。泣いた。泣いて泣いて内にこもるようになった。人間関係がおかしくなって高2の夏くらいから不登校で引きこもりに。わたしのせいで両親は離婚危機、母とともに別居。父からは若干の暴力、母に言えたのは何年も経ってから。苦しかった。これのせいで今でも実家に帰れない。父に似た人を見ると恐怖でいっぱい。いい思い出が何一つ思い出せない時期。高卒認定試験合格。

大学、通信制の心理学部心理学科へ進学。スクーリングで月の半分くらいは県外にいたことも。今思えば学長が事件を起こすようなやばい学校だったけど。5年かかって卒業。最後のテスト寝過ごして遅刻確定。なんとか頼み通して留年(6年目)を逃がれる。自分のことが知りたいから、なんて理由で入ったものの今となっては何も覚えていないし実習までしたのに資格試験からも逃げた。大人たちに混じって授業受けて知れた世界は面白かった。ま、わたしのせいで連絡途絶えちゃってるけど。

ここまでがわたしの学生時代。

暗い。どんどん暗くなっていく。



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