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オーラ視てもらって背中ドーン押してもらいました
先日、オーラが視える方とお話する機会があった。
何年か前は、目に見えない系に傾倒していて
夫にも
「壺とか買い出したらわたしを止めて。聞く耳持たんかもしれんけど。」と言っていた。
だけど、その時必要としていたものを手に入れたからか、もうしばらくはいらんと、それ系にはお世話にならなくなっていたこの頃。
友人が、『幸せにしかならんアドバイスをくれる人』と紹介されていた彼女が気になって会いに行った。
その名もカナーキーさま。
普段は、それらをシャットアウトしているようで、ほっかむり(方言か?手ぬぐいのこと)を被るとカナーキさまが登場(いや、降りてくるのか?)するシステム。
じーーーーーーーーっと見ている。
わたしを見てるようで見てない。
わたしの背後を視ている。
視てる、視てる、何視えてるんだろ、とこちらもカナーキさまの背後を見てみる。そこには壁しかなかった。
「水色ね~」と第一声。
え?洋服の色言ってる?と思ったけど、オーラの色だった。
![](https://assets.st-note.com/img/1727230268-OwEB8XVmS6Ar91sjcDQL5Nq7.jpg)
そして、こんなことを言われた。
あなた、人の感情まで取り込んじゃうから、それをエネルギーにしてあなたの感情や想いをどんどん出したらいいのよ。もう、どんどん出しちゃって。出し惜しみなしよ。エッセイ書いてるんだったらたくさん感想もらって、それをまたたくさんの人に見てもらう。そしたら、もっとたくさんの人があなたのエッセイを読んでくれるようになるわ。
だって。
やっぱり、この人視えてるんだ、と思った。
会社員時代は、なんか人が思ってることがわかるような気がしてたから(気のせいじゃなかったのね)気を遣いまくって毎日疲れ果てていたし
人の好き嫌いを瞬時に判断してしまうのも、何かを察知しているからなのだろう。そういう意味ではわたしもスピっているのかもしれない。
お母さんになってからも、息子の行事の度に顔を覆って号泣するのはわたしだけで恥ずかしいと言われたこともあるけど、湧き上がってくる感情に蓋をすることはできない。それくらい子供の表現するものってグッとくるものがある。バーーーーーンと投げてきたものを、ドーーーーーンと受け取れる自分に「あんた、めっちゃいいやん!最高よ!」って自画自賛している。
これ、わたしの才能やん。
こうやって受け取ったものを、わたしの表現で放流する。
そして、また誰かが受け取って、わたしに返ってくる。
いい循環。
でも、いつもそこで「あ、そんなに調子に乗ったら後が怖い」
が出てくるのも
カナーキーさまはお見通しで
ずっと調子乗ってていいのよー。
あなたには湖の水面のキラキラが少しだけ視えてるけど、どんどん表現していけば、キラキラがもっと増えてくるわよー。
って。
調子乗ってていいってさ。
わたしも自分で『お調子乗り』の許可証出そー。
わたしには壁しか見えない背後に、彼女はわたしには見えないものを視ている。やっぱり、そういう世界ってあるんだな、おもしろーと思いながら話を聞いていた。
お話しした後には、こんなメッセージもいただいて。
![](https://assets.st-note.com/img/1727230043-FzCc4Q3tj0ZOblVRTAnUmsxG.jpg?width=1200)
いやー、ほんとに。
わたしが書いたエッセイに嬉しい感想もらったら、それをおかずにご飯食べられるくらい満たされる。いや、食べんでもお腹いっぱいになれるんよね
。
ね?だからみんな感想ちょうだい。
わたしの空腹を満たしておくれ。