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おんなのコンプレックスがバトルに変わるとき(#ショート小説)

陽が沈んだ改札口を出ると、吐く息がゴジラのように白かった。
東京も寒さが身に染みる。
ナイロンのタイツを履いてきたせいか、スカートが脚にまとわりつく。手をスカートから首元に移す。両手でマフラーをグイっと引っ張り上げ、仕事終わりに口紅もささずにきたかさかさの唇を隠した。猫背をさらに丸くして、私は歩を進めた。
小さな十字路を曲がると、真正面の南の空に上弦の月が浮かんでいた。
目を落とすと、うっそうとした木々の真ん中に屋台の灯りが見える。それを囲うようにして灰色の神社の鳥居がぼんやり見えた。
道の左手にあるスーパーを通り越し、鳥居の前に来た。

年末年始は実家で過ごし、つきあっている地元の幼馴染とも会ってきた。彼も私も同じ高校の元バスケ部で、バスケ部の男女はみな仲良しだった。
来週、地元で同窓会が開かれるが、昨晩、私は今年初出勤のため東京に戻ってきた。昨年秋から東京へやってきて一人暮らしをし、彼とは遠距離恋愛になった。

いつものスーパーで買い物する前に神社の鳥居をくぐった。
その年の初出勤の日、家に帰る前に近くの神社で初詣するのが恒例になっている。
ここの神社は有名なのか、三が日が過ぎ、夜になっても人で賑わっていた。20人くらいだろうか、神社のさい銭箱まで並んでいた。私は人の並びのうしろに立った。
すると、前の方にひときわ背の高い女性が立っていた。
身長の高い女性を見ると安心する。
私は身長が175cmを超えていた。じろじろ見られ、いつも世間から隠れたかった。
手を合わせていた背の高い女性が一礼し階段を下りてきた。
パンツルックだからそう見えるのか、ほんとうにでかい。180cmはありそうだ。なにかスポーツやっていたのかな。
私の順番が来た。階段をのぼり、さい銭箱に5円玉を入れ、手を合わせた。
階段を下り、おみくじを買ってみた。昨年が「小吉」だったので今度こそと思った。
おみくじを開くと、「小吉」だった。
またかよ!
私は肩を落としおみくじをポケットにしまった。内容はもうどうでもよかった。

初詣が終わり、スーパーに戻った。
私のお目当ては大好きなチーズ蒸しパンだ。しかもこの時間に行くと、割引シールを貼られたチーズ蒸しパンに巡り合うこともあった。
パン売り場の通路を進んだ。一番奥の棚の前で背伸びをする。
チーズ蒸しパンの棚は一番上にある。普通の女性には目が届かない高さだった。
あった!
倒れていた1個のチーズ蒸しパンを手に取った。
すると案の定、パンの袋には「10%引き」の黄色いシールが貼られていた。
やったー!
私はかごにチーズ蒸しパンを入れた。
下段は売り切れていたのだろう、もう商品は何もなかった。
各段に全体の4分の1くらいしか残ってなく、割引シールの貼られたパンは5、6個しかなかった。
私はどうしても疑問に思うことがあった。
どうして、割引シールを貼った商品をこんな高いところに置くのだろう。普通の女性には見つけられない。下段はこんなに空いているのだから、割引商品だけを下段に置いて売りさばいた方が良いに決まっているのに。律儀に同じ場所に置かなくとも・・・
でも疑問はそのままにしておこうと思った。
背が高いのがコンプレックスだったけれど、たまには得になることもあるもんだ。

私は他のコーナーにも足を運んで、牛乳やお豆腐などの商品もかごに入れた。惣菜コーナーでは、「10%引き」の黄色いシールがたくさん見られた。
私の横を女性店員がやってきた。割引シールを印刷するモバイルプリンターを片手にしている。一品一品商品を確かめながら、プリンターからシールを発行した。出てきたシールを「10%引き」シールの上から貼る。「20%引き」シールだった。
そうか、チーズ蒸しパンももうすぐ「20%引き」シールを貼りにくるはず!
私はそう考えて、パン売り場へ行き、チーズ蒸しパンを一番上の棚に戻した。
すると、ほかの女性が私の脇へ来て、やはり「10%引き」の黄色いシールがついたショコラパンを一番上の棚のチーズ蒸しパンのとなりに戻した。彼女は私と同じくらい背が高かった。
この人もきっと私と同じことを考えているに違いない!
私は通路のエンドコーナーに行き、商品を選ぶふりをして店員が「20%引き」シールを貼ってくれるのを待った。
向こうのエンドコーナーにはショコラパンを置いた彼女がちらちらこちらを見てくる。
もしや、「20%引き」シールが貼られたら私のチーズ蒸しパンも持っていくんじゃないかしら。まさかね。
私は大好きなチーズ蒸しパンを彼女に横取りされないように身を隠しながらときどきちらちらパン売り場とその向こうで身を潜めている彼女を見張った。
どれくらい待っただろう。
店員がやって来た。惣菜コーナーの店員とは別の女性店員で、大きく背伸びをして手を伸ばし、一番上のチーズ蒸しパンを取ったようだ。プリンターでシールを発行し貼りつけ、背伸びしてまた元に戻した。となりのショコラパンにも同様にシールを貼ったようで、その後も上の棚から順にシールを貼り替えて行った。
向こうにいた彼女がパン売り場へ歩き出した。それを見て私も歩き出した。
一歩先に着いた彼女はショコラパンをかごに入れようとした。私はチーズ蒸しパンに「20%引き」シールが貼られているのを確認し、手を向けた。
その瞬間、私の手と彼女の手がぶつかった。手を出すのがほんのわずかに早かった私は、強引にチーズ蒸しパンをつかんだ。それをかごに入れ、彼女のほうに首を向けた。
彼女は少し口をとがらせながら向こうをむいてこの場を去った。
やはりあの女もチーズ蒸しパンを狙っていたんだ。
あぶなかった。
ホッとして中段のパンを眺めると、「20%引き」シールが貼られているのはあと3個になっていた。私は最後にまた別の売り場を歩いてみて、これで帰ろうと思った。
惣菜コーナーへやってきた。店員がまたシールを貼っている。あれから30分くらい経ったのか。
今度は「50%引き」シールを貼りだした。
そうか。この際だし、もう少し待てばこのパンも50%引きになるかも。あの女が帰ったのなら粘ってみようか。
私はあの女がまだうろうろしていないか辺りを探した。
あの女はもういなかった。安心して私はほかの商品を眺めていた。
パンのシールを貼る女性店員がまたバックヤードから出てきた。私は急いでパン売り場へ行き、チーズ蒸しパンを一番上の棚に置いた。
そして、またエンドコーナーからパン売り場の様子をうかがった。
50%引きになったら、ほかにもう1個パンを買っていこう。
私は期待しながら店員を待った。
すると、私の背後から長身の女がぬっと現れた。パン売り場へ歩く。
女は一番上の棚に置いてあったチーズ蒸しパンをかごへ入れた。
私は目を見開いた。
あっ、しまったー!
女はすぐ身を屈ませ、中段にあるパンも何個かかごに入れ、こちらに歩いてきた。
私はむかっ腹が立ってしょうがなかった。
あっ、あの女、神社の初詣で前に並んでいた長身の女だ!
女は満足したのか、レジに並んだ。
私は振り向き、パン売り場へ歩いた。そこにはチーズ蒸しパンも、中段にあった残りの「20%引き」シールが貼られてあったパンも根こそぎあの女にひったくられていた。
やられたー!
それにしても腹の虫がおさまらない。
あのやろう!
今年はあの女と、先にチーズ蒸しパンを狙っていたもう一人の女になんとしてでも勝つんだ!
レジで精算し、私はほかの商品をレジ袋に入れた。
もらったレシートをポケットに入れると、レシートのほかにも紙のような感触があった。それをポケットから出した。
さきほどのおみくじだった。
広げてみる。

「小吉」
≪願望ねがいごと:他人にさまたげられる恐れあり≫

あっ! これだったか!
とっさに私はスマホを取り出し、遠距離恋愛中の地元の彼氏にLINEを打ってみる。
≪来週の同窓会、お願いだから行かないで≫
私はスーパーをあとにし、おみくじを木に結わえるため神社に向かった。


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