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仲間 ~18才~(ショートショート)

1時間目の授業が終わるチャイムが鳴った。
平成4年も3月に入ると、男子校の3年生は顔見せ程度の登校となり、午前中に下校する。
その3年生たちが通うのも残すところ今日と十日後の卒業式のみとなった。
このクラスに通う風間昇二は音楽が大好きだった。同じクラスの仲間で作ったバンドのリーダーになった風間昇二は毎日音楽に明け暮れ、大学受験に失敗して浪人が決まっていた。

担任の先生が教室を出ていった。
ボタンをかけない学ランの間から真っ赤なシャツを覗かせた風間昇二は頭を振って、顔が隠れるほど伸びたロングヘアを後ろにやり、両手でメガホンを作った。
「みんなー、きょう渋谷の居酒屋に5時な! 文化祭の打ち上げやった店だぞ!」
風間昇二はお別れの飲み会幹事だった。というより、音楽祭、体育祭、文化祭のいずれも昇二の幹事で、渋谷の小さな居酒屋を貸し切って打ち上げを行っていた。

後ろの席からクラスメイトの一条誠が風間昇二のもとにやって来た。詰襟のカラーを覗かせた彼は昇二の肩を軽く叩く。昇二が振り返ると、シャンプーの匂いが漂った。
一条誠は黒縁メガネの中央を人差し指で押し込み、恐る恐る昇二の顔を覗き込んだ。
「風間君、もう高校最後だから僕も参加していい?」
「おう、もちろん! 誠ははじめて参加するんだったな」
「うん」

まじめで勉強熱心だった一条誠は高校生のうちから酒を飲むなんて信じられなかった。もちろん音楽祭、体育祭、文化祭のいずれも打ち上げには参加していない。それどころか、昨年秋の文化祭が始まる前の模試で第一志望の国立大の合格判定がC判定だった一条誠は、イライラしていたのか、文化祭の打ち上げに向かう風間昇二に「風間君みたいな不良は警察に捕まるといいんだ! 警察にチクってやる!」と言い放っていた。風間昇二は「できるもんならやってみろ!」と一条誠を一蹴した。

そんな一条誠は、第一志望の国立大学に合格したばかりだった。
卒業まであとわずかとなり、軽蔑していた風間昇二が仕切るお別れ会に参加しようと思った。一条誠のメガネの奥は穏やかだった。
「今まで参加しなかった友達2人も連れて行くよ。3人で受験勉強がんばって合格したんだ。僕たちにご褒美だ!」
「おう。浪人の俺には悲しい酒だけどな。ところで、誠は酒飲むのはじめてか?」
「う、うん」
「そうか、それなら急性アル中に気をつけろよ。それこそ警察沙汰になったらヤバいからな」
「あっ、うん。文化祭の時はごめん」

クラスのみんなは三々五々、教室をあとにした。
風間昇二はバンド仲間らと下校し、ラーメン屋で昼食をとったあと、渋谷へ向かった。
渋谷駅へ着くと、昇二らはトイレでコインロッカーに預けていたジーンズと革ジャンに着替え、学ランをコインロッカーに預けた。
時間まで余裕のあった昇二らは喫茶店に入り、マイルドセブンで一服すると、みんなうとうとして居眠りをしてしまった。
目覚めると、飲み会の時間が迫っていた。昇二らはあわてて居酒屋へ急ぐ。
お店に着くと、すでにクラスメイトら三十数人が席を埋めていた。風間昇二は急いで乾杯をして、高校のお別れ会がはじまった。駆けつけ三杯でビールをジョッキで飲み干すと、昇二は辺りを見回し頭を抱えた。
向こうのテーブルの奥に一条誠ら優等生3人グループが学生服を着たままビールを飲んでいた。昇二は一緒に飲んでいたバンド仲間らと顔を見合わせた。
「どうして学ランのまま居酒屋に来るんだ、あいつら? 未成年が酒飲んじゃいけないのわかってんのか! 帰る時間もあったのに」
「奴ら、飲んだことないから私服に着替えなきゃいけないこともわからなかったんだろ。勉強ばっかしてきたから仕方ねえよ」
バンド仲間がつぶやくと、別のバンド仲間が昇二を指差して笑った。
「風間なんて、何度も授業抜け出しては、学ラン着たままパチンコ打ってたなあ。俺、学ランだけはやめろって言ったのによ」
風間昇二は顔色一つ変えずにジョッキを置いた。
「ああ、俺も勉強ばっかしてきたから学ラン着たままパチンコ屋に入る事が悪いことなんて知らなかったからよぉ」
「うそつけ!」
一同笑いの渦が起きる。

やがてお開きとなり、みんな店の外へ出た。店の前は人通りが激しかったが、お構いなしにクラスの仲間たちが円陣を組む。そのなかに顔を真っ赤にした一条誠ら3人もいた。
その円陣に加わろうとした風間昇二は視線の向こうに黒いものを感じた。2人の警官だった。警官たちがこちらにやってくる。
--ヤバい、通報されたか!
風間昇二が叫んだ。
「向こうからマッポが来た! みんなバラバラになって逃げろ!」
昇二が指示すると、蜘蛛の子を散らすようにみんなは逃げた。しかし反応の鈍い一条誠はまごまごしている。
昇二が「早く逃げろ!」と叫ぶと、一条誠は我に返ったように目を丸くして走り去った。
昇二はその場に残った。私服だったせいか、通行人に紛れた風間昇二を警官たちは追い越していった。
昇二はホッとした。しかし、次の瞬間、酔いが完全に冷めた。
--ヤバい、学ランの誠だ!
風間昇二は警官たちを追った。
すると案の定、追いついた警官が学生服の一条誠に話しかけていた。真っ赤で泣きそうな一条誠の顔が2人の警官の頭のすき間からのぞいていた。
昇二が追いつき、警官の肩を叩く。
「おまわりさん、あっちで人が刺されてる!」
「えっ、どこだ!」
風間昇二は一条誠に目配せし、警官2人と今来た道を走って引き返した。振り向くと、一条誠が反対方向へ逃げていくのが目に入った。
警官2人とさきほどの居酒屋の前まで来て、昇二は指さしながら地面をきょろきょろした。
「ここらで人が刺されて・・・」
けが人などは見当たらない。
1人の警官が何かを察したのか、訝しげに風間昇二の顔を覗き込む。
「君、さっきの高校生の仲間だろ?」
「えっ、何のこと?」
「ちょっと交番まで同行してもらうよ」
「知らねえよー」

警官2人に囲まれながら、風間昇二は交番へ連行された。
「通報があった。居酒屋で高校生が飲んでいると。どこの高校だ、生徒手帳見せてみろ」
「高校生じゃねえよ」
「うそつけ!」
「うそじゃねえよ、二浪だよ」
「名前と生年月日は?」
「風間陽一。昭和46年8月1日生まれ」
風間昇二はとっさに二つ上の兄である陽一の名と誕生日を口にした。
警官も畳み掛ける。
「干支を言ってみろ?」
昇二は酔いが冷めた頭をフル稼働させた。
「・・イノシシ」
かろうじて、兄の干支も思い出せた。
尻尾を出さない昇二に業を煮やした警官たちが、どこの予備校に通っているのか訊いてきた。
すると、二浪の兄、風間陽一が通う予備校名も告げることができた。
メモ帳に書いていた警官が交番の奥へ入っていく。
奥からさきほどの警官が照査し終えて戻ってきて、もう一方の警官につぶやいた。
「たしかに在籍を確認しました」
風間昇二は二十歳の兄の名を語り、難を逃れた。


卒業式の日、大学進学する仲間が多い中、数少ない浪人となった風間昇二はクラスメイトから卒業証書の入った筒で頭を叩かれ、からかわれていた。
そこへすこし髪の長くなった一条誠がやってきた。
「風間君、今度ライブ聴きに行くよ」
「おう、センキュー! でもなあ、誠。学ラン着てくんじゃねえぞ」


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