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モジモジくんが走る(ショートショート)

38km地点で先頭を並走する俺は後ろを振り返った。
先ほど確認したときより明らかに会澤の青いタンクトップが小さく見えた。真夏の太陽を浴びた会澤の顔はゆでだこのように赤くなり、あごを上げて苦しそうにもがいていた。
これで先頭を走るのは2人になった。俺は左隣で走る澤田の小麦色の二の腕にすり寄り、耳をそばだてた。
「ハッ ハッ フー、ハッ ハッ フー」
澤田の息遣いが明らかに激しくなっていた。
俺は澤田の横顔を観察した。ピンク色に火照った頬に大粒の汗がしたたり落ちる。目を下にやると、黄色の短パンがびしょびしょに濡れていた。
よし、ここだ!
俺は脚の回転を速め、渾身の力でスパートした。
やがて左耳から澤田の息遣いが消えた。
38km過ぎで、俺はようやく単独で先頭にたった。
「がんばれ! 白装束!」
「いいぞ! モジモジくん!」
歩道にいる観客の声援が聞こえる。
よし、このまま。このまま行くぞ! 

2027年マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)のエントリー選手の中で、俺は一番期待されていない無名選手だった。このレースは来年、真夏に開催されるロサンゼルス・オリンピックの日本代表選考レースだった。
俺は、あるスポーツブランドの専属マラソンランナーだった。
東京2020オリンピックでは競合他社の製品である厚底シューズが禁止された。しかし、その性能は世界中で知るところとなった。追いつけ追い越せで、自分たちのブランドでもヒット作を狙っていたが、きょうやっとお披露目となった。
マラソンウエアの革命だ。
真っ白の短パン、真っ白のキャップ。そして、世間をあっと言わせたのは、頭から足先まで真っ白のつなぎのスパッツを着ていたことだ。まるでスピードスケートで着るウエアのようだったが、汗が乾きやすい軽い生地で作られていた。
なにせ、東京2020オリンピックでは熱中症の危険があるとして、マラソン開催地が東京から札幌に移ったほどだ。来年のロサンゼルスも酷暑のマラソンになるはずだ。そこで、常識にとらわれず、太陽を反射する真っ白のウエアで肌をすべて隠す仕様にした。太陽光は植物の光合成を促進させる。人間が思っている以上に半端ないエネルギーなんだ。そんなエネルギーが人間の肌に影響を与えないわけがない。直射日光こそ人間からエネルギーを奪うんだ。われわれブランドは酷暑の中で走るマラソンにはすべて肌を隠すこの白いウエアで挑戦することになったのだ。

俺は、見事に先頭でゴールテープを切った。
電光掲示板を見ると、「1時間46分46秒 世界新記録」と光っていた。
監督とトレーナー、ウエア開発者を見つけ、次々と抱き合った。
スマホの写真を撮っていたスタッフがこちらにやってきて、写真をみせてくれた。
そこには、汗一つかいていない真っ白なモジモジくんが笑っていた。

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