タピオカの女子高生(ショート小説)_20190623宝塚記念
いつもより赤みがかったまん丸な月が闇夜の空から出迎えてくれた。
手前にはその月にも届かんばかりにそびえ立つタワーマンション。
私は友人である村下が住む東京ベイエリアの新築タワーマンションへ向かっていた。村下の住む49階はあのあたりのともしびか。ざっと見渡しても、光が灯っているのは両手で余る。まだ帰宅していない家庭があるにせよ、あれほど人気のあったベイエリアのタワマンにこれほど空室があるとは・・・。
私は45歳にして株式投資で十数億円の資産を築いた。現在は弟子1人を抱え、都内のマンションのディーリングルームで弟子と一緒にトレーディングしている。
同い年の友人である村下は昨年、外資系証券会社の株式ディーラーを辞め、このタワマンを購入して、今年から私と同じように個人トレーダーとしてがんばっていた。今晩はその友人のディナーに招かれ、一泊することになった。
赤ワインとサーロインステーキがテーブルに乗っていた。天井から床まで壁一面の窓からは赤く丸い月と静かな東京湾が横たわっていた。
乾杯して、私はグラスを傾けた。
「村下、凄いところを買ったもんだな」
「まあな。アベノミクスのおかげさ。あっ、あとでディーリングルームも見せてやるよ。おまえんとこほど広くないけどさ」
ニューヨーク・ダウは史上最高値を更新し続け、それに追随するように日経平均も右肩上がりで、世界同時株高が続いていた。
コンビニでは2種類くらいしか置いていなかった株・投資本が今では5、6種類も置かれるようになった。
村下がサーロインステーキを飲み込んだ。
「おまえ、知ってるか。いま、女子高生の間で何が流行っているか」
「知らんよ」
「ダメだなあ、おまえ。投資家なんだから巷の日常を観察しないと」
村下が自慢げにグラスを傾けワインを一気に飲み干した。ちょうど逆さまになったグラスのてっぺんが窓の外に写る赤い月に重なり、まるで月から注がれたワインを飲んでいるようだった。村下が空のグラスを置いた。
「そんなんじゃ、『靴磨きの少年』だって発見できないぞ」
「靴磨き・・・。ああ、昔の大暴落の話か」
「ああ、1920年代、株高でウォール街の絶頂時に、ケネディ大統領のお父さんであった相場師のジョセフ・ケネディが少年に靴磨きしてもらっているときの話さ。その少年から『おじさん、今株儲かるらしいよ。僕も靴磨きで貯めたお金で買うんだ。おじさんも買った方がいいよ』と言われ、ケネディが、靴磨きの少年まで株の話をするなんて異常だ。もう天井だと思い、すぐさま保有する全株を売り逃げて、直後に発生する大暴落を避けることができた」
「うん、知ってる」
「世間に出てアンテナを張っていたことで、ケネディが相場の天井に気づいたんだ。おまえも外に出ろよ」
村下が続ける。
「タピオカって知ってるか。いま、女子高生に大人気なんだぞ」
「タピオカ? 知ってる。飲んだことないけどコンビニで見たことある」
「なぜ飲まない」
「だってあんなの、カエルの卵みたいで気持ち悪いよ」
「あれはな。卵じゃなくて、植物由来だ。ブラジルのキャッサバという植物から抽出したデンプンを玉状に丸めたものなんだ。あの食感を含めて植物繊維だから女性に人気がある。コンビニのタピオカなんて小さすぎだし。あと、取り扱っている神〇物産の株価がずっと右肩上がりなの知ってんだろ。あの業務スーパーの。絶好調だよ。よし、明日金曜だけどタピオカ飲みに渋谷に行こう。女子高生が行列作ってんぞ」
「金曜か。デイトレードは弟子に任せるから大丈夫。だが、あんまり乗り気しない」
「ばか! だからおまえは彼女ができねえんだよ。少しは女ごころをわかろうとしろよ」
翌金曜午後2時半。行列に30分並んでようやくタピオカを買った。満員状態の店頭の4人掛けの丸テーブルに座り、ここだけ平均年齢を高めた白いシャツを着た2人でタピオカを飲んだ。
私はコンビニのタピオカとの違いに驚いた。
「粒、こんなに大きいのか。しかも弾力があって、グミみたいでおいしいな。病みつきになりそう」
「だろ。しかも植物由来だからかなり儲かってるんだ。こんなもんが500円以上だからな。儲かるから渋谷や原宿に続々とタピオカ店が増えていて、もう10店舗以上あるよ。女性は流行に敏感だし。ところで話変えるが、おまえ今どんだけ持ち株あんの? 中長期で」
「今? 持ち株は2~3億円分くらいかな。村下は?」
「俺は5千万くらい。これからどんどん買い増そうと思ってんだ。神〇物産もその中のひとつ。おにくスキスキ♪ おなかスキスキ♪♪」
「声でけえよ。恥ずかしい。買い増しか?俺はなんか嫌な予感がしてさ。先行指針として不動産の売れ行きが悪いんじゃないかって。マンション作りすぎだろ。少子化なんだし、需要と供給がアンバランスだ。村下のタワマンだってそうじゃない」
「たしかに。全然入居者が増えないんだ」
私たちのテーブルの空いた2席にタピオカを持った女子高生2人がやってきた。
「あのー。ここいいですか?」
「どうぞどうぞ!」
女子高生たちはテーブルにタピオカを置くと、背負っていたナップザックをおろし、そのうちの1人が中から雑誌を取り出し着席した。
「ミオ、ほらほら見て! これこれ! この雑誌で勉強してんの、カブ!」
見ると、雑誌のタイトルは『株女子! 女性に人気の銘柄はこれだ!』とあった。
カープ女子の次は株女子か。
女子高生が雑誌をめくる。
「ミオ、これからは自分で老後資金2千万円貯めないとダメなんだって」
「あー、知ってるー。いつもふんぞり返って、口をへの字に曲げてるおじいちゃん大臣さんが言ってたよね」
女子高生がまくし立てる。
「うん、そうそう。ミオ、今のうちから貯めなきゃね。わたし、カブ3つ持ってて。もう5万円儲かってるんだー。次に何買おうかな。この雑誌にね、タピオカ特集もあって。ほら、このお店も載ってるー。おんなじタピオカー。カブなら神〇物産っていう会社がどまんなかなんだって!最近はミニカブもできて。千円くらいから買えるよ。ミオにもおしえるね」
「うん、わたしもなんか買うー。おしえてー」
私はタピオカを置き村下を見た。村下は左腕のロレックスの腕時計を右手人差し指で2回たたいた。
私はiPhoneをオンにした。午後2時50分。あと10分できょうの株式相場が引けを迎えるところだった。村下は真剣な表情でカバンからタブレットを取り出し、指で操作し始めた。私はiPhoneのボタンを押した。弟子に電話をかける。口元を手で覆い隠した。
「おい、売れ! いますぐ全部売れ!」
(株式投資は自己責任でお願いします)
◇◇
さて、本日は宝塚記念。
⑩ノーブルマーズを狙う。
神〇物産のある兵庫県の阪神競馬場は得意中の得意。栗毛の毛並みは、タカラジェンヌと同様、品がある。
(勝馬投票は自己責任でお願いします)
[今年の当たり]
〇ヴィクトリアマイル クロコスミア 11人気3着
〇大阪杯 ワグネリアン 4人気3着
〇中山記念 ラッキーライラック 6人気2着
〇フェブラリーS ユラノト 8人気3着
〇共同通信杯 ダノンキングリー 3人気1着
〇日経新春杯 ルックトゥワイス 5人気2着
〇中山金杯 ウインブライト 3人気1着
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