チック・コリアの想い出
チック・コリアが亡くなった。
彼を愛する世界中のファンが悲しんでいると思う。
彼は偉大なジャズピアニストだったですね。
はっきり覚えてないけど、今から10年ぐらい前だったと思う。グラスゴー・ジャズフェスティバルの最終日がチック・コリアのソロ公演だった。
スコットランドの田舎に住むぼくは、車でグラスゴーの会場を目指した。
ところが、グラスゴー市内に入って道に迷ってしまったんです。
グラスゴーの南にあるライブ会場に行くのに、あちこちウロウロしていた時、こりゃ、人に尋ねたほうがいいと思い、ある大きな建物の裏に立っていた人を見つけ車を停めたんです。
「すいませーん。チック・コリアのライブ会場を探してるんですけど…」
その方の顔を見た瞬間、驚いて目が点になあってしまった。
なんと、チック・コリアさん御本人なんです。会場裏の楽屋口に、一人ポツンと立っておられたんです。
スニーカーを履き、ごく普通のカジュアルな服装の彼に、戸惑いつつ話しかけてしまったんです。
「あなたのライブを聴くのに、南スコットランドの田舎から出てきて、道に迷ってしまったんです」
彼は、ニコニコと、とても気さくに対応してくださった。
「それは遠いところをありがとう。とても嬉しいです」
ジャズのスーパースターを目の前にして、ちょっと興奮したぼくだったけど、さらに言ってしまった。
「あなたのリーダーアルバムは何枚か持ってますけど、あなたのデヴューアルバム〈ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス〉には、心底びっくりしました。今まで聞いたことのないピアノ・ジャズだったからです」
そしたら彼が言った。
「あのアルバムは忘れられません。無名だった私にレコーディングの機会を与えてくれたプロデューサーには今でも感謝しています。あのアルバムで私は世に出ることができました」
僕はさらに続けた。
「それと忘れられないアルバムが〈リターン・トゥ・フォーエヴァー〉です。あのアルバムも今までになかった、とても新鮮な音楽だと思っています」
「ありがとう。あのアルバムが世界中の人に愛されたので、ぼくも随分潤いました」
「じゃあ今日のライブ、楽しみです…」と、彼と握手してぼくは会場に入った。
満員の会場は、チック・コリアが登場した途端、全員立ち上がり、割れるような拍手となった。でも、ぼくはちょっと驚いた。
ぼくが、会場裏の楽屋口で会った時の服装そのままの姿で彼はステージに登場したんです。つまりステージ衣装なんてないんですね。
そんなカジュアルな雰囲気の中で彼の演奏が始まったんだけど、冒頭の彼のコメントには嬉しくなった。
「きょうのコンサートは、ぼくの愛する二人のピアニストに捧げます。バド・パウエルとビル・エヴァンスです」
なんと、二人ともぼくが一番愛するピアニストやないか!ぼくがジャズに目覚めるきっかけとなったのがバド・パウエル、そして、ジャズピアニストをたった一人だけ選べと言われたらビル・エヴァンスなんです。
チック・コリアのグラスゴーでのコンサート…ぼくが、いかに幸福だったか、皆さん、わかってもらえるかなあ。