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アイラモルトの謎

スコットランドの西に浮かぶアイラ島、Islayと書いてアイラと発音します。

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ウィスキー好きの方ならご存知のように、ハイランドのスペイサイドと並ぶウィスキーの聖地ですよね。

それほど大きくはないこの島に、ぼくは三度訪れたけど、初めて行った時は、女房と犬と連れ立って、島にある八つの蒸溜所すべてを訪ねました。

島の南の海辺に沿って並ぶようにある「ラフロイグ」「ラガブリン」「アードベッグ」そして島の中心ボウモアの街に隣接する「ボウモア」、さらに島の北部、海峡を挟んでジュラ島を対岸に望む「カリラ」や「ブナハーブン」、島の西方にある「ブルイックラディー」、そしてやはり西方の丘の上にある、アイラで一番新しい「キルホーマン」
南部の「ポートエレン」は蒸留を停止してかなりになると聞いたけど、ボウモアの街にあるバーで、今はない「ポートエレン」をいただいた時は嬉しかった。

その昔、日本で初めてアイラモルトを飲んだ時 「何やこれ?」と、思わず吐きそうになった。何とも薬っぽい、そうヨーチンや海藻みたいな香りを伴った、そのけったいな味にのけぞってしまったんです。
多くのウィスキー好きがこんな経験を持ってるんじゃないかな。
ところが、多くのウィスキー好き同様、すぐこの独特の味に病みつきになってしまった。

世界中のウィスキーの中で、アイラモルトほど個性の強いものはないでしょうね。とにかく海藻っぽい薬っぽい独特の香りと味がする。でも、アイラモルトに魅せられたぼくの友人には、アイラ以外のウィスキーを飲まない人間すらいる。

ではなぜ、アイラモルトはあのような独特の香りと味なのか?
島を巡っていて「ああ、そうだったのか」と、その理由がわかった時は、とても嬉しかった。

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(ボウモア蒸溜所とボクサー犬のクリちゃん)

島の南部の街ポートエレンから島の中央部にある街ボウモアに行くのに、約12キロのほぼ直線の道がある。この道の周囲には、ピートの原野が見渡す限り広がっている。ここら辺は、太古の時代、海の底にあったという。
つまりこの島のピートにはおびただしい海藻が含まれていることになる。さらに、このピートの原野には、遮るものがないので、大西洋からの強い潮風が常に吹き寄せている。その強い潮風は、島に滞在中、ぼくはこの道を通るたびに経験した。

ウィスキーの原料、大麦を燻すのに燃やす泥炭がピートです。これに海藻が含まれ、さらにそのピートが強い潮風を常に受けていたら、ウィスキーの味はどうなるか?

そう、もうお分かりですね。

海藻を含み、さらに強い潮風を受けたピートで大麦を燻すから、あんな香りと味になるんわけなんです。スペイサイドのピートとは決定的に違うんですよね。

作家の村上春樹さんもこの島を訪れています。
その時の紀行文が「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」(新潮文庫)に掲載されています。彼はその中で、各アイラモルトを比べて、そのアイラらしさの強弱を述べておられる。

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「僕はこの七つのシングル・モルト・ウィスキーを、地元の小さなパブのカウンターで同時に飲み比べてみた。(中略)ここで飲み比べたアイラ・ウィスキーを味に癖のある順番に並べてみると、だいたい次のようになる」
( 注:彼が訪れた時はキルホーマンはなかった)

1 アードベッグ
2 ラガブリン
3 ラフロイグ
4 カリラ
5 ボウモア
6 ブルイックラディー
7 ブナハーブン

この村上春樹さんの感想は、すごく理解出来る。なぜなら、ぼくは、これらの蒸溜所の所在する環境をこの目で確認して、その味の強弱を理解したからなんです。

アードベッグ、ラガブリン、ラフロイグの三つは、いずれもアイラ島南部の外洋に面している。貯蔵倉庫も外洋に面してるわけですね。
北部のカリラはジュラ島を望む海峡に位置するけど、同じ北部にあるブナハーブンよりは海峡の幅がかなり広い。外洋に近いんですね。
ブルイックラディーは湾を挟んでボウモアの対岸にある。ブナハーブン同様、穏やかな海辺と言える。

つまり、時に厳しく荒れる外洋に面しているか、穏やかな湾や海峡にあるかの違いが、その味に影響を与えるんですよね。

ぼくが驚いたのは、一番新しいキルホーマンです。アイラの中でこの蒸溜所だけ、例外的に海辺じゃないんです。いや、海からはかなり遠く、しかも、はるか丘の上の、元農場みたいな建物を改造して蒸溜所としている。しかし、しっかりアイラの味がする。これはもうアイラのDNAでしょう。

村上さんは、アイラ島で、生牡蠣にシングルモルトを垂らして食べたと書いておられる。実はぼくも、ボウモアの街の海辺にあるホテルのレストランで、そっくり彼の真似をして生牡蠣をいただきました。ぼくが生牡蠣に垂らしたのはボウモアの12年です。

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(生牡蠣にボウモア12年を垂らして…)

とても美味しかった。村上さん、ありがとう。
その時いただいた生牡蠣の殻は、お店の方にお願いして持ち帰りました。
家で、アイラモルトをいただく時に、この殻にピーナッツなど入れたりしてるんです。ま、楽しかったアイラの想い出ですね。

そうそう、後年、ぼくの親友、日本フィルハーモニーのソロ・コンサートマスター、日本を代表する名ヴァイオリニスト木野雅之と、アイラの各蒸溜所を訪れたことがあった。

アイラモルトの大ファンである彼は、なんと、各蒸溜所のポットスティルの脇でヴァイオリンを演奏したんです。特に最愛のウィスキーとしてラガブリンをこよなく愛する彼が、ラガブリンの海辺にある貯蔵庫の前で演奏した時は、彼のラガブリンに対する思いを知るぼくとしては感無量だったですね。

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(ラガブリン蒸溜所の海辺で演奏する木野雅之)

かつてウィスキー評論家として確固たる地位を築いた故マイケル・ジャクソン氏は毎年彼が書くウィスキー・イヤー・ブックの中で、ウィスキーの採点をした。その中で、過去最高点を与えたのがラガブリン16年です。木野雅之同様、ぼくも大好きなアイラのシングルモルトです。

ラフロイグのレセプションルームはミュージアムも兼ねていて、とても洗練されたスマートな印象を受ける。ところが、お隣の蒸溜所ラガブリンの応接室は、とても素朴、まるで村の公民館のようでした。でも、一番多くの訪問者があるのは、やはり島の中心地にあるボウモアでしょう。
二階にある試飲ルームはとても広々としたバーで、目の前に湾、つまり海を眺めることができます。でも、ボウモアってね、島の中心にある一番大きな街とは言え、5分もあれば、端から端まで歩ける小さな街なんですよ。

さあ、今宵はアイラモルトをいただこうかな。
アレッ? どのボトルも空っぽや! トホホー…




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