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シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日#同じテーマで小説を書こう

 僕はいつも、同じ窓から同じ風景を眺めている。それは額に入った絵画のように毎日変わらない風景だ。

 遠くにそう高くない山並みが連なっていて、山のふもとにはいくつかの小さな家が点在している。そして、晴れた日にはどこまでも青い空が広がり、雨の日には遠くの山並みがかすんで見える。雨が止むと山の中から水蒸気が空に向かって蒸発していくのが、雲の柱のように見える。

 僕は半年前から毎日、実家の部屋で1人、この同じ風景を眺め続けている。まあ、考えようによっては平穏な日々だ。会社に通うストレスもない。

 僕の部屋は6畳一間の畳部屋で、高校入学祝に買ってもらったオーディオが入口から一番奥の窓際に置いてあり、左側の壁には、本がいっぱい詰まった大きな本棚がある。そのほどんどは、僕が高校生までに読んできた本だ。

 今日は気分がマシなので、ニーチェの本を読むともなく眺めていると、母親がコーヒーを持ってきてくれた。

「気分はどうや?」僕の顔色を伺うように母親が尋ねる。

「うん、まあ」曖昧に答える僕。

「まあ、せっかく家に帰ってきて、ゆっくりできるんやさかい、できるだけゆっくりしていきや」

 そういうと母親は僕の部屋を出て、階段を下りていった。

 「ゆっくりしていきや」か。いつまでもゆっくりしてたら、僕はどうなるんだろう。一抹の不安がよぎり、それをごまかすように、僕はクスっと笑った。

 コーヒーを一口飲んで、窓の外を見るといつもの山並みと晴れた空が見えた。勉強に疲れたときには、勉強机に座りながら、この風景を眺めたものだった。

 「ただいまぁ」

 玄関で大きな声がした。妹の美沙が学校から帰ってきた。現在、高校3年生。受験生だというのに、最近、彼氏ができたようで、妙に浮かれている。

 妹の元気そうな声を聞くと、僕は胸が苦しくなる。

 元気だったころの僕を思い出してしまうからだ。

 僕は京都の大学を出ると、東京の会社に就職した。日本では一流と言われている広告出版社だ。そこで営業の仕事をしていた。

 特別に広告業界に興味があったわけではない。高校を卒業してからは、ただ何となく入れる大学に入り、何となく就職できる会社に就職した。特に出世したいとも思わないし、特別お金持ちになりたいとも思わない。ただ、勉強だけは義務のように、コツコツやったから、それなりの人生を歩んできたんだろう。

 そんな僕の人生が一転したのは、2年前の仕事納めの日だった。

 その日、会社の同僚と飲みに行った僕はひどく酔っぱらってしまい、帰りに電車のホームから転落し、そこへ各駅停車の電車が入ってきたのだ。

 僕は奇跡的に一命を取り留めたが、左足首を切断する大けがを負った。

 それから1年間、僕は病院のベッドの上で過ごし、苦しいリハビリを経て、会社に何とか復帰した。

 でも、僕の中で何かが変わっていた。何をするにもやる気が起きない。仕事がつまらない。人としゃべるのがおっくう。次第に僕は会社をサボるようになり、半年後には会社を辞めて、実家へ戻ってきたのである。

 美沙は、制服のまま、2階に駆け上がり、僕の部屋に入ってきた。

 「ただいまっ。お兄ちゃん調子はどない?」

 「なんやねん、いきなり。」

 「お兄ちゃん、シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日って知ってる?」

 「シュピナート...、なんて?知らんわ。」

 「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日。私も覚えるのに苦労したわ。なんかよう分からへんねんけど、この休日を彼氏と過ごすと2人は幸せになれるんやって。今、学校で流行ってんねんけど、だれも意味が分からへんねん。」

 「俺も分からへんわ。それってローマの休日のパクリちゃうん?」

 「ローマの休日って何?」

 「お前、ローマの休日も知らんのか?」

 「知らんし。」

 そういうと美沙はつまらなそうに部屋を出ていった。

 僕はベッドに横になって、窓の外の山並みをみつめながら、考えた。

 シュピナートなんとかの休日。長ったらしくて覚えられへんし、何のことやねん。でも、その言葉の響きには何か惹かれるものがある。自分が今、こうやって実家で過ごしている時間。自分の人生でこんなことが起きるなんて想像もしていなかった。言ってみれば挫折である。挫折した僕は、これからどう生きていけばいいんだろう。会社も辞めて、今の僕には何もない。

 でも何もないからこそ、なんでもできるんじゃないだろうか。今の僕は何者でもない、ただの僕だけど、その僕には無限の可能性がある。

 「美沙ぁ~」大声で呼びかける。

 「さっきの話、何て休日やったっけ?」

 「何んなん、急に。シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日やで。」

 そうだ。その休日こそ、今の僕の休日なんじゃないか。そう思うと少し心が軽くなるのを感じた。

 無限大の僕の休日。

 窓の外の山並みがいつもよりも、優しく見えた。

 

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うまっち
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