杖を振りまわし大行進
ひいおじいちゃんは、背が高かった。175センチと、明治生まれの人にしては大きかったと思う。
ひいおじいちゃんの徘徊が頻繁になった時期があった。当時、我が家は、同じ敷地内の中に、店舗と私たちが暮らす自宅、祖父が住む家、ひいおじいちゃん宅と、4棟になっていた。
家業で商店を営んでいたため、その頃は、主にひいおばあちゃんがひいおじいちゃんの介護にあたっていた。
一日中、ひいおじいちゃんの様子を見ながら、ひいおばあちゃんは家事をこなし、介護をしていたのだが、台所に立っていたり、少し目を離したすきに、ひいおじいちゃんが外に出てしまうことがしばしばあった。
そんな時、ひいおばあちゃんは追いかけるのだが、彼女は小柄な人で、ひとりでは到底抑えきれない。その上、引き戻されないようにと、ひいおじいちゃんも必死に杖を振り回す。
それに気が付いたご近所さんも加勢してくれるのだが、ひいおじいちゃんも負けじと杖をブンブン振り回すので、誰も近づけない。大通りへ出る前に、ひいおじいちゃんを家に連れ戻そうと、その騒ぎを聞きつけた人が、ひとり、ふたりとひいおじいちゃんに距離を詰めようと試みるが、杖ブンブンにあい、前進・後退を繰り返す。
一度、私は学校から帰宅した時にその光景に出くわした。
遠くから見た時、小学一年生だった私は、その様子を何かの大行進かと思った。でも、近くまで行くと、その中心にいるのは、私のひいおじいちゃんで、大人たちの必死の形相に、なにかよからぬことが起こっているようなので、隠れるように少し離れた位置からその様子を見ていた。
すると、そこへ仕事で外出していた母が戻ってきた。事態を見かねた誰かが、母を呼びに行ってくれたらしい。
その時も、ひいおじいちゃんによる杖ブンブン攻撃が続いていて、近寄ろうとする人たちを威嚇していた。
そんな彼に母はそっと歩み寄り、「おじいちゃん、一緒にお家へ帰ろう。」と優しく声をかけた。
すると、それまで大暴れしていたひいおじいちゃんが、母の方を見て、一言
「うん」
と言って、母と手をつなぎ、何事もなかったかのように家の方へ歩き出した。まるで、魔法にでもかかったかのように。
ご近所の皆さんにお礼と謝罪をし、何度もひいおばあちゃんや祖父は頭を下げていた。
私が12年間のヤングケアラーだった間、認知症とはかなり長くつきあった。認知症が進むと、幻聴が聞こえたり、私たちと違う世界が見えるようだ。
また、いつもは寝たきりでも、何かスイッチが入ると暴力的になったり、いつにも増して、力が強くなったりする。
ひいおじいちゃんは、あの時、何か自分を捕えようとする得体のしれないものに囲まれているように感じ、一生懸命そこから逃れようと、杖を振り回し、恐怖と戦っていたのではないかと私は思う。
そこへ現れた可愛い孫の優しい声に、ほっとして、この子を家に連れて帰ろうと思ったのかしれない。
あの時の母は、ひいおじいちゃんからしてみたら、小さかった時の可愛い孫娘の姿だったのではないだろうか。
「おじいちゃん、一緒にお家へ帰ろう」
優しい声と温かい手のぬくもりは、介護の必須アイテムだ。