ひいおじいちゃんと3度目のおこづかい
我が家は、自営業で商店を営んでいたため、旅行や娯楽などを家族ですることがほとんどなかった。仕入れで京都や東京へ出るときに、たまにひっついていくことが私の中での家族旅行だった。いまだに仕事以外で家を空け、余暇を楽しもうとすると、どう楽しみ尽くしたらいいのかわからず、ドギマギしてしまうことがある。
小学生の頃、めずらしく両親と出かけることになった。今となっては、どこに行ったのか覚えていない。
出かける日の朝、私と母は、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんに、挨拶に行った。
「ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん、行ってきます!」
そういうと、ひいおじいちゃんは、小さなぽち袋を出した。
「おこづかいだよ。持っていきなさい。」
私は、うれしくなり、喜んでそのぽち袋を受け取り、母とお礼を言い、その袋を母に預けた。
すぐに出かけるのかと思うと、まだ母は支度をしていたし、時間がありそうだったので、その間にもう一度、畑の中を走り、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの所へ向かった。
おこづかいをもらったし、お土産はなにがいいかと聞くためだった。
縁側から家の中へ入り、私は二人にたずねた。
「これで、行ってくるね! お土産、何がいい?」
すると、ひいおじいちゃんは
「うま美、おこづかいをあげよう。」
と言って、引き出しからお財布を持ってきた。
私は、きょとんとして、ひいおばあちゃんの方を見た。
ひいおばあちゃんはにこにこしながら、静かにうなづいている。
(えっ! もらっていいの? おこづかいもらった気がするんだけど、さっき、ママ、おこづかいの袋、忘れて行っちゃったのかな?)
ちょっと、困惑しながら、ありがとう、、、と告げて、家に戻った。
半信半疑で家に戻り、母にそのことを告げると、そこにいた祖母が、「もらっておきなさい。」とにこにこしながら言った。
いよいよ、出発の時が来た。2回もおこづかいをもらってしまい、子ども心に、もしかして3度目もあるかも、なんていう邪な好奇心が相まって、私は、もう一度、ひいおじいちゃんの所を訪ねた。
「今度こそ、行ってくるね。」という私に、ひいおじいちゃんは、
「うま美や、おこづかい持っていきなさい。楽しんでおいで。」
と、3回目のおこづかいをくれた。
最初私は、正直してやったりという思いだった。
しかし、そこにいるひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの顔を見ているうちに、だんだん私は、邪な好奇心を見透かされたような気がして、とても恥ずかしくなってきた。
「ひいおじいちゃん、さっきおこづかい、、、」
と私が言いかけると、ひいおばあちゃんがすかさず
「たまの親子の旅行なんだから、楽しんでおいで。」
と、手におこづかいを握らせてくれた。
もしかして、もう一度もらえるかも、なんて思った自分が恥ずかしかった。
ひいおじいちゃんは、忘れてしまっているかもしれないけど、ひいおばあちゃんは全部分かったうえで、おこづかいを3回もくれたのだ。
忘れてしまうひいおじいちゃんを利用してしまったようで、母にどう説明していいかわからなかった。絶対怒られると思った。
でも、おこづかいをもらってしまった以上、言わないわけにもいかず、母にそのことを告げた。母は少し戸惑いながらも、
「おじいちゃん、うれしかったのかもね。」と言った。
私にその意味は分からなかった。
そして、「でも、そのおこづかいは、ママが預かっておくね。」と言ったので、それを母に渡した。
一度で3回のおこづかい。今思えば、かなり認知症の段階が進んできていた行動だったと思う。
あまりの衝撃的な出来事に、めったにない家族旅行だったにも関わらず、私はそのあとどこに行ったのか、全く覚えていない。
でも、あの時のひいおじいちゃんとひいおばあちゃんの優しい笑顔と、周りの家族の戸惑いと困ったような笑い顔。そして、チクリと胸を刺すような大切な人をだましてしまったような感覚だけは、今でも私の中に残っている。