まいにちもちもち(家)
そう珍しいことでもないけど、家から一歩も出ない一日だった。部屋はストーブを点けると暑く、消すと寒かった。
一時間半をレポートに費やし、あとの四時間で夢小説を書いた。夢小説はなんか「良いのかなこんなもの書いて」と思いながら書いている。キャラクターを好きに捻じ曲げて良いものだろうか。でも、思い浮かぶものは書くしか無い。
独裁国家のなんとか政権が崩壊したらしい。こういう時、自分の住んでいる場所は「島国」であるということを強く意識してしまう。どれだけ世界が動こうと対岸の火事なのだ。ニュースを見るたびに、(用法は多分違うけど)立て板に水という言葉が浮かぶ。歴史が、日本という板の上を滑っていく。どれだけ民主主義を讃えても、国際化を謳っても、根っこは決して変わらない。田舎にいるから余計にそう感じるのかもしれない。
韓国の情勢を冷笑し、市民団体の訴えを「共産党と手を組んで行政の邪魔をしようとしているのだ」と一蹴する父の姿を見て、そう思った。
夢小説の関係で、離人症について調べることにした。調べていく内に、自分は離人症なのではないかという疑念が湧いてきた。まず、現実感が無い。次に夢と現実の境界線は曖昧なものだと確信している。そして逸脱行為で現実感を取り戻している。全て離人症の症状だ。まあ、だから何だという話でもあるのだが。今もこうして問題なく日常生活は送れているのだし。むしろ離人症が進行している時のほうが生活できる。音楽を聴いてあえて気を散らすのもそうだ。
現実はたまに「現実すぎる」。本来は平面で迫ってくるはずのものが、部分的に立体になったり彩度が増したり突起になっていたりするので、どうしても情報の受容にムラが出来てしまう。だからそれを平面に戻す作業が必要なのだ。私の場合は、サングラスをつけたり音楽を聴いたりして一時的に情報を減らす。すると見るべきものが見えてくる。だから離人症も悪いことばかりでは無い。
明日、ふるさと納税で頼んだみかん(3kg)が届く。年末までは両手が良い香りになっている思う。
眠る。