日輪を望む4―一貫斎魔鏡顛末
又兵衛は、以前に鏡作りの工場にいたのだそうだが、そこから独り立ちをして、今は自分の腕一本で食べているという。ゆくゆくは腰を落ち着けて自分の工房を持ちたいと、まだ二十歳を四、五年越えたばかりの若者は破顔した。
「まず、すでに言うたが、鏡は二枚必要じゃ」
先ほどの紙の筒の先端と中ほどを指した。さらにそこから線を引き出して、それぞれの鏡の形状が丁寧に描かれていた。一つは、大きな円盤の真ん中に穴が開いているもの、もう一つはその半分ほどの直径だが、厚みは倍ほどもあった。二つとも凹面鏡のようだ。
「解体させてもらったのか」
一貫斎は、村の上役だが、同い年の幼馴染ということもあり、話が砕けてくるとつい昔の話しかたになってしまう。
「いや、ほら片瀬様のいらっしゃらない時にちょこちょこっと」
呆れた。しかし、この男ならやりかねない。恐らく何度も屋敷に通い、時間を見計らって解体し、紙に留めたのだろう。組みなおせなかったらどうしていたんだ、と詰問すると、「同じ金属でできた筒状のカラクリだ。国友村の一貫斎にできぬはずがあるまい」と嘯いてみせた。
「さて、鏡だ。錆びにくく、反射しやすいものがいい。加工のしやすさを考えると銅だろうか。日中の明るさで見た鏡は、黄金色だったが」
「そうですな。青銅か黄銅でしょう。錆びにくさを求めるなら、錫を足してはいかがですか」
それからしばらくは、一貫斎と又兵衛のやり取りが続いたが、鏡鋳造の高度な話になったので、空になった急須を盆にのせて母屋へ向かった。この鍜治場の隣にある一貫斎の作業場は、その時々によって作るものが変わるが、今は主の趣味を反映して、気砲から反射望遠鏡へと移りつつあった。
ほとほとと母屋の扉を叩くと、一貫斎の妻・あやめが戸を開けた。
いつものことで、多くを語らずとも、一升徳利と香のもの、一貫斎の好物の鰻の塩煮などが用意されていた。そもそもこうなることを見越していたのか。
二刻前と同じように、鍜治場を通って一貫斎の仕事場へ赴く。
「差し入れを貰ってきたぞ」
と襖を開けると、まだ侃々諤々と素材の鋳造の話をしていた。
「二人とも少し落ち着け。腹が減っては戦はできんぞ」
皿に盛ったつまみと、ぐい呑みをそれぞれの目の前に置く。徳利からどぶろくを注ぐと、嬉しそうに又兵衛が手に取った。
「いただきます。今日は朝から何も取らせていただいていませんので腹が減って腹が減って」
一貫斎が、勧めるや否や鰻にも手を伸ばす。
「ところで、首尾よく鏡ができたとして、他のものはどうするんで」
「それぞれのものをつなぐ部品は、拙者どもにお任せを。鉄砲のからくり(機関部)に比べれば易いもの」
からくり師兼金具師の腕が鳴る。こうして、試行錯誤の日々が始まった。
(滋賀県文学際に投稿したものを改稿)
〈続く〉