【禍話リライト】落ちて、こない
住んでた部屋が安かったのだが、その理由が分かったという事故物件にまつわる話は昨今は定番で、専門にした書籍も珍しくない。
これは、そんなバリエーションの一つなのだが少し珍しくて短い話。
落ちて、こない
現在30代の男性、Aさんは、大学生の頃7階建てマンションの5階に住んでいた。
ある日、ベランダで洗濯物を干していると、横を植木鉢のようなものが落下していく。思わず、『危ない!』と、下の道路を見ても何もない。
『疲れてんのかな』と思うものの5階のこと、気になって下まで行って調べてみたのだが、何の痕跡もない。落ちて下に人が居れば大惨事になる植木鉢など、落ちやすそうなところに置く人などいないだろう。
それが1回だけのことなら見間違いで済むのだが、3度あったという。
その度に下に行って調べるのだが、道路はきれいなものだ。
3度目の時、ちょうど夏の昼のことだったそうだが、調べているとマンションの管理人さんに出会った。
「Aさん、何をしとるんかね?」
「いえ、実は暑くておかしくなったのかもしれませんが、植木鉢が、その、落ちてるような気がしまして……」
老年の管理人さんは、顔をこわばらせて言う。
「それはあの、絶対ないから。見なくていいよ」
それはそうなのだろうが、何度も言われたので気になったという。
4回目の時、今度は上を見てみた。今までは下ばっかり見ていたので落ちた瞬間にどこから落ちてきたのかを確認していなかったのだ。
見上げると、一つ上の階のベランダに、パンパンに人がつまって居て、こちらを見下ろしていた。年齢も性別もバラバラの14、5人がこちらをマジマジと見ている。中には半身を乗り出している人もいる。
「うぇ~!!」
思わず部屋に駆け込む。
少し時間が経っても、再度見上げる気にはならない。
考えて、上の階に行ってみることにする。6階の自室の真上は「空室」だった。
口に手を当てて固まっていると、たまたま掃除中の管理人さんが通りかかった。その姿を見て、察したらしい。
「あー。言うの忘れてた。上見ちゃだめだよ」
「いや、遅っ! 先に言ってくださいよ!」
Aさんは結局、学生の頃から社会人に掛けて6~7年そのマンションに住んだそうで、長くベランダに出たくないときや、タイミング的に何となく嫌なときはコインランドリーやクリーニングを活用した。
理由は家賃が安かったから。学生マンションだから安かったわけではないことが図らずも判明してしまったわけだが。
ただ、上から床を叩かれるわけでもないし、植木鉢のような陰を見ても上を見なければいいだけの話だと割り切っていたらしい。学生マンションだから、住んでいる人たちは頻繁に変わるものの、上の階には一度も人が入ることはなかったそうだ。
それとなく管理人さんに聞いたり、調べたりしてもそこで事件があったわけではない。しかし、貸せないあるいは貸さないのだろう。
「植木鉢が落ちるのさえ我慢したら、安いんですからいい部屋なんですよ」
ーーとAさんは口にするものの常人では、耐えて住むのは難しかろうという物件だと思うが。
〈了〉
──────────
出典
禍話フロムビヨンド 第20夜(2024年11月30日配信)
30:00〜
※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています!
★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。