【禍話リライト】枕元の通夜
共通して現れる、怪異への危険信号というものがある。
例えば、「眠くなる」。真っ昼間でも、普段眠くない時間でもたまらなく眠くなるーーという怪異譚は時々耳にする。もう一つ、「線香の匂いがする」というものがある。
これは、そんな怪異が含まれた話。
【枕元の通夜】
現在25、26歳の会社員男性Aさんは、葬式に出るのが怖いという。
いや、正確に言うと、知り合いや遠い親戚の葬式でお焼香や挨拶をして帰る程度はいいのだそうだ。
葬式の後に、精進上げのように皆で食事をとるのがとても嫌なのだ。
そのきっかけとなったのはこんな体験だった。それまで、何の怪異もなく、気持ちよく住んでいたアパートの一室で起こったのだそうだ。
ある平日の晩、Aさんは夜中に目が覚めた。
覚醒のきっかけは匂いで、年かさの女性の化粧の香りだった。
目を開けると、畳敷きの上に敷いた布団のほんの1メートル強のところの低いテーブルに黒い服の女性が座っていた。
人数は二人。
二人ともつかれたのか、肘を預けて、体全体をもたれかけさせるようにしていた。Aさんは電気をほのかにつけて寝るタイプだったので、観察していて分かった。黒い服は、喪服だった。
様子としては、お通夜の夜の不寝番の時に寿司をつまむ、そんな雰囲気だったという。海苔や寿司飯の匂いも部屋に漂ってきた。
そんなものは、部屋に存在しないのに。
二人とも、部屋の窓から外を見ており、こちらには注意を向けていない。ぼそぼそと低い声で会話をしているが、何となく内容が分かるようになってきた。
「ああ、何か〇〇ちゃんの涙雨やね」
外は全く雨など降っていない。会話から、共通の年下の知り合いの女の子が死んでしまったーーそんな内容だったそうだ。
その後、二人はだらだらと会話を続けながら、Aさんの部屋を見回し出したのだという。
『誰、誰、誰?』
心当たりは全くない。じろじろと部屋を見られるのも不快だ。
様子は明らかにお通夜の夜の様子だ。怖いは怖いが、こちらには注意を向けないので、少し慣れてきた。しかし、部屋には化粧の匂いとお寿司の匂いに加えて線香の匂いも満ちてきた。時間にして30分くらいだろうか。金縛り、というわけではないが、何となく動くのがはばかられる、そんな感じだった。
確実にそこにいるのに、どうしようもできない。
しばらくすると、片方の女性が、脱力した様子の足でAさんのことを小突いてきた。
「うわっ!」
思わず海老ぞりで跳ねたら、布団の上に起き上がることができたのだが、視界から外れた一瞬で部屋の女性もいなくなり、化粧やお寿司や線香の匂いも消えてしまったのだという。
「何、何!」
その瞬間、外で大雨が降り始めた。予報では、しばらく晴れると言っていたにもかかわらず。
いろいろ怖いが、それでも無理やり寝た。
翌日は仕事なのだ。
起きると、雨は止んでいなかった。
それでも出社しなければならないのだが、途中が怖い。昨日の夜中の女性は何の前兆だったのか。もしかして、親族に不幸が起きるのか、自分に何か危害が及ぶのか。バスに乗っても、事故るのではないかと気が気でない。
ただ、何にも起こらない。
怖いのはずっと消えないが、仕事は比較的楽だった。
仕事は無事終わり、帰路につく。雨は降り続いたままだ。
『今晩も同じことが起きたら嫌だな』
そんなことを思いながら、一人暮らしの自宅アパートに着いた。
鍵を開けると、その場に誰かいる。
驚いて、固まっていると、遠い実家にいるはずの母親だった。
「何してるの? 母さん!」
「ほらほら、これこれ」
そう言いながら、キッチンにあった塩の瓶から一掴み取り出して、Aさんの肩にかけてくる。
「うわっ!」
とっさに、雨が降りこんでいる外廊下に出て、扉を閉めた。
「え! 実家にいるよね。そんなバカな!」
混乱はするが、しばらくしておそるおそる扉を開ける。
そこには誰もいなかったものの、キッチンにあるはずの塩の瓶が玄関に置かれており、土間には撒かれた塩がまだ湿りもせずに散らばっていた。ということは、誰かがついさっき、ここである程度の塩をまいたのは間違いがない。
昨日にもまして怖さがますものの、近くに彼女も友達も住んでいなかったので、その部屋で寝るしかなかった。
それが本当に怖かったという。
ただ、それっきりだという。
夜中に、線香や酢飯の匂いがしたら注意してほしい。
〈了〉
──────────
出典
禍話フロムビヨンド 第17夜(2024年11月2日配信)
4:30〜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/804778434
※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています!
★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。