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【禍話リライト】焚書の名前

 おかしな本というのも、隣接する異界への扉となりうる。
 これは、かぁなっきさんが高校の同級生Aさんに聞いた、本にまつわる短い話。

【焚書の名前】

 今から25年ほど前、Aさんは父の仕事の関係で九州中を転校していたのだという。そんなAさんが中学の時に奇妙な体験をした。
 その中学校は、佐賀、長崎、熊本、宮崎、鹿児島のどこかだったという。鍵っ子だったAさんは、遅くまで学校に残ることが多かった。帰っても誰もいない家に、ポツンといることに耐えられない時期だったのだ。
 ある日も同じように放課後教室で宿題を終え、時間を潰していると帰宅を促す校内放送が鳴った。外を見ると日も随分と暮れかけている。
 帰宅のために、教室を出ると、二階の廊下の窓から焼却炉からもくもくと上がる黒煙に気が付いた。
『おかしいな、掃除の時間はとっくに済んでいるのに』
 当時は、今ほど環境に対する意識も高くはなく、たいていのものは学校に据え付けの大きな焼却炉で燃やしていた。視線をやると、見慣れた用務員さんが焼却炉に何か放り込んでいた。
 ごみ袋から何かを出して燃やしている風ではなく、もう少し大きなものだった。Aさんは、靴を履き替えて焼却炉に近づいた。
 近くで見ると、図書館にあるような本が積み上げられて、それを念入りに燃やしている。ブックカバーフィルム(ブッカ―)と呼ばれるビニールもかけたままだ。
「何で本なんか燃やしているんですか?」
 使わなくなった本や新聞・段ボールを集めるイベントもあるのにわざわざ燃やす意味が見当たらない。義務教育の中学のこと、結構盛んにそういうイベントはあったと記憶している。
「いや~」
 用務員さんは、言を左右にしてはっきりとは答えない。それでも食い下がっていると、「もう遅いから、早く帰りなさい」と怒られる始末だ。
 興味があったので、用務員さんが焼却炉の方を向いている隙に1冊パクって帰った。それほど厳密に数を管理していないだろうという読みもあった。

 家に帰って見ると、普通のヤングアダルト向けの小説だった。
 ページを繰っていると、2ページだけ無茶苦茶に描き込まれているところがあった。元の文字が、全く読めないほど書き込まれている。小学生ならまだ理解できるが、中学生にもなってここまでの落書きをするものだろうか。
 筆記具はシャーペンか鉛筆かは分からないが、執拗に塗りつぶそうとしている。筆圧が強くて、紙が破れんばかりだ。
「なんだコレ、ひどいな。これじゃ読めないから燃やすんだろうけど……」
 しかし、処分の仕方は燃やすほかにもあるだろうし、何よりこんなことをする人がいるならば、全校集会で言わなければならないだろう。
 加えて、10冊以上もこんなイタズラがされていたのだろうか。
 ページをめくると、グチャグチャに塗りつぶされた最後のページの下の部分だけ、塗りつぶされておらず、まるで白く抜いてあるようにみえた。
 その中に、
「タケオ」
と書いてあった。
 急に怖くなって、翌日朝早くに学校へ行き、その本を焼却炉へ放り込んだ。昼に掃除の時間があるときにごみが入れられ、燃やされるからだ。
 2限目になって、10分の休憩時間でトイレに行こうとすると焼却炉のあたりがザワザワしている。
「1冊燃え残っていたのかな。だからかな」
など、昨日の用務員さんや先生が口にしている。
 話を聞くと、授業中に重い焼却炉の蓋を開け閉めする音が聞こえたのだという。1階の一番近い教室の生徒が気付いて、先生が確認すると、背の高い若い男が大声でゲラゲラ笑いながら重い扉を開閉していた。
 声の感じは、若い。
 その男は、焼却炉横の山へと続く斜面を登って行ってしまった。道などない。藪や岩などがあるところで、とても人が入っていけるところではない。
 あとで見ると、わずかに人が入っていったような痕跡があった。

 Aさんは、もしかして、この男が「タケオ」なのではないかと思ったのだそうだ。もちろん根拠などはないが。
 この中学に、本に「タケオ」と書かれたら、燃やしてしまうという習慣があったのではないかとAさんは思うが、今となっては分からないが、引きずっている思い出なのだという。
                          〈了〉 
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出典
禍話フロムビヨンド 第10夜(2024年9月14日配信)
21:45〜 

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
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