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第29夜 ナンパ男

 異界からの働きかけの受け取り方は、こちらのアンテナ次第だが、得てしてクリアに受け取ることは難しい。よく、視える人はラジオの周波数などに例えることがあるが、向こうが発するメッセージの内容まで聞き取ろうとする(チャンネルを合わす)のは至難の業なのだろう。

【ナンパ男】

 今年(2022年)の話。
 会社員のA子さんは、関西の地方都市のターミナル駅近くで一人呑みをしていた。ちょうどそれまで立て込んでいた仕事の区切りと言うこともあって、一人打ち上げのようなものだったという。
 店の中は、平日の夜と言うこともあってそれほど混んではいなかった。顔見知りの居酒屋は、カウンターに通したが、それも特段珍しいことではなかった。
 いつ頃からか、隣の椅子に座った男がしきりと話しかけてきていたという。奥から出てきたような気もするが、はっきりとしない。
 A子さんは、この手のナンパが大嫌いだった。だから視線も合わせず、相手にせず、スマホの画面に集中して相手にしないようにしていた。
 内心、『せっかくの一人呑みなのに鬱陶しいな』と思っていたそうだ。
 ちょうど、そのタイミングで兄から連絡があったので、迎えに来てもらうようにお願いしたところ、快諾の返事が返ってきた。車で移動中なのだという。
 男はずっと隣から話しかけてきている。「ねぇねぇ」や「なぁ」という問いかけが多いのが気になったものの、依然、相手にはしていなかった。
 兄から、駅前のロータリーに着いたとの連絡で、お勘定をして店を出た。男はまだついてきながら話しかけてくる。
 小走りに見慣れた兄の車に乗り込み、シートベルトをしながら言う。
「何なの、アイツ! 気持ち悪い」
「誰?」
「ほら、私の後ろに居た男、ずっと話しかけてきて、めっちゃ嫌やった」
 ルームミラー越しに車の後方を確認する兄は、怪訝な顔をしている。
「いや、お前ひとりで歩いてきてたで?」
 A子さんは驚いて、周りを見渡したが、それらしき男性は全くいなかった。
「いや、男の人ついてきてなかった?」
「うん。‶ずっと”ていうてたけど、いつから着いてこられてたん」
 そういえば、いつから話しかけられていたのかはっきりしない。それどころか、顔や声、話しかけられていた内容すら記憶にない。
「いや、いつからだろう……」
 そのまま、同居する実家まで送ってもらう途中何度も兄に確認したものの、絶対に一人でロータリーまで歩いてきたと言い張った。
 果たしてあのナンパ男は何だったのか。
                          〈了〉


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竹内宇瑠栖
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