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【禍話リライト】ひとがいるから

 子ども(特に小学生時代)の他人の家というのは、あまり経験のない状態で出会う濃密な異文化で、後になっても確認ができない(にくい)から、印象的な記憶して残るのではないかと思う。風呂場やトイレなどは、その家の文化が色濃く出るので、その最たるものになりやすいのではないか。
 これは、そんな話。

【ひとがいるから】

 現在40代男性のAさんが、小学生2、3年のころBくんという友人がいた。
 Bくんは分かりやすいお金持ちの子息で、例えばテレビのサイズが周りで見たことがないほど大きかったり、お菓子を盛ってある皿が落としたらえらいことになるんじゃないかと思うような高価そうなものだったりしたという。調度も家のしつらえもしっかりしており、部屋もゆったりとした空間で、遊びに行って「暑い」とか「寒い」など感じたこともなかったので、広い家にもかかわらず空調もしっかりしていたのだろう。
 ただ、そんなBくんの家には、少しだけ奇妙な事があった。
 一つ目は、遊びに行くのは何人でもいいのだが、泊まるのは必ず一人ということ。どんなに仲の良い友達でも、二人以上で泊まることはできない。泊まる部屋もたくさんあるし、寝具が不足しているようにも見受けられなかったが。
 二つ目は、泊まるときには、その家のお風呂が使えないことだった。だから、一緒に近くの銭湯にいく。これも、泊まった経験のある全員がそうだったという。
 不思議に思ったAさんが聞くと、「いやぁ、今ちょっとうちの風呂使えなくてさ」という。例え壊れていたとしても、修理をするだろう。それがずっと続いたのが長年の疑問だった。

 あるとき、AさんがBくんの家に突然泊まることになった。
 その日は、Bくんの両親は不在だということだったが、電話で連絡すると、許可が出たのだという。
 風呂の段になって、やはり近くの銭湯へ行くことになった。二人で行って、BくんがAさんの分も出してくれたそうだ。
 この機会に、なぜBくんの家のお風呂が使えないか聞こうと思い立った。だから、頭や体を洗いながら何気ない様子で聞いた。
「何でBくんの家の風呂は使えないの?」
「ああ。お風呂にね、変なひとがいるから」
 体を洗いながら、頭の中に疑問符が渦巻いた。Bくんの家は3人家族で、他の人はいないように思えた。
 そのまま一緒に家へ戻り、それでも言葉を消化しきれなかったので、玄関口で再度聞いてみた。
「変なひとがいるっていうのは、どういうこと?」
「それはね……」
 そういって帰りたての真っ暗な家に電気をともしながら、1階の洗面所に向かう。Aさんは内心『行っていいのかな』とも思いながら、その後について行く。風呂場の電気を点けると、中に多分膝を抱えた大人が座っているシルエットが見えた。ただ、曇りガラス越しなので、はっきりとではない。すぐに、Bくんは電気を消した。
「え!?」
「な、変なひとがいるだろ」
「う、うん」
 そのまま2階の子ども部屋へと向かう。いつも泊まるときの段取り通りだ。しかし、『誰??』という思いは、頭を占めてしまっている。二人で、バラエティ番組などをみるのだが、その疑問が頭から離れずにテレビが全然面白くない。Bくんは小学生らしく屈託なく笑い転げている。
「あの~、誰なの?」
「何が」
「お風呂場に座ってたひと」
「いや、分かんないんだよね」
 そう言われると、話が続かない。しばらく、頭を悩ませてもう一つ質問をひねり出した。
「あのひと、風呂場から出てこないの?」
「出て来たっていうのは、今までないかな」
 そこで会話は終わってしまった。
 そのまま就寝となったが、子ども部屋の外から簡単に開けられる甘い鍵をかけたり、わずかながらの抵抗を試みたという。
 ただ、残酷な話、夜中にトイレが行きたくて目が覚めた。眠る前にジュースを飲みすぎたのが響いたらしい。
 幸い、Bくんの家には2階にもトイレがある。トイレを済ませて、廊下に出ると、階下から話し声が聞こえた。『Bくんの両親は、今日はいないって言ってたのにな』と思うものの、内容が聞き取れないので、気配を殺しながら、階段へと近づく。
 下は真っ暗だった。
 しかし、おそらく台所の方から二人の談笑する会話が聞こえる。
 階段を途中まで下りていって気付いた。会話する二人の片方は、Bくんのお母さんだ。もう一人は、知らない男性で、Bくんのお父さんではない。
 内容は、他愛のない世間話で、ユーモアがあったので笑っている。そんな風に聞こえた。「最近は〇〇で、〇〇ですよね~」といった中身にこれといって特筆するような重みはない。
 今日は両親はいないはずなのに。
 しかも、真っ暗な中で。
 階段の踊り場にあった高そうな時計を見ると、夜中の1時を過ぎ、丑三つ時になろうかという時間だった。
 戻ろうと思って、振り返ると、階段の一番上にBくんが立っていた。驚いて声が出そうになるも、何とかこらえる。
「びっくりした」
「うん、今夜は出てきて話しているね」
 その言葉が恐ろしくて、二人で子ども部屋に戻り、気休め程度の鍵をかけて布団にもぐりこんだ。

 何事もなく朝を迎えることができたのだが、恐ろしかったのは、Bくんの両親が朝ごはんを出してくれたことなのだという。いつ帰ってきたのかは、分からないままだった。
 しかも、昨日二人は一緒に家にいた体で話しかけてきたのだそうだ。
『昨日絶対にいなかったよな。俺の勘違いじゃないよな』と思うものの、それを声には出せず、家に帰った後に親に確認したら、「今日はBくんの両親はいないけど、連絡を取って泊まっても良いと言われたので泊まる、と連絡してきたじゃないの」と言われ、自身の間違いではないことを確認したそうだ。
 以来、AさんはBくんの家に泊まることは止めた。

 ただ、その後B君の家に泊まりに行った他の友人たちも何となく気味が悪くなったのだそうだ。風呂場の人に気が付いたのはAさんだけだったが、他の皆も奇妙な体験をしていたのだという。
 曰く、
・真夜中に泊まっている部屋のノブをガチャガチャする
・午前3時か4時にベランダで洗濯物を干そうとする人が来る
・砂利引きの庭をおかしなステップで歩く足音がする
ーー結局皆が泊まることは止めた頃に、変なタイミングでBくん一家はひっそりと引越しをしていった。
 原因は分からない。
 小学生のころの先生の引っ越しの報告など、その程度のものだ。
 今だに、Aさんはすりガラスの風呂場の扉が苦手なのだという。
 何か向こうに映りそうで。
 風呂場のものが、Bくんの家の繁栄に関わっていたのかどうかは分からない。
                          〈了〉 
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出典
禍話フロムビヨンド 第14夜(2024年10月12日配信)
17:00〜 

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています!

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


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竹内宇瑠栖
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