見出し画像

【禍話リライト】たたずむもの

 何となく、皆が引き受けない仕事というのがある。
 例えば、雨の日のごみ出し、暗い物置の掃除、古いビル内店舗の最後の閉め作業など。それらは、生理的な嫌さの他に何か要因があるのかもしれない。
 これはそういう話。

【たたずむもの】

 Aさんは、商業ビルの2階に入っているリサイクルショップの副店長をしている。
 ただ、社員やスタッフの皆が最後に電気を消して、扉を閉め、セキュリティを掛けて帰る、いわゆる締めの作業をしたがらなかった。特に霊感があると自称するような子は絶対にやりたがらなかった。
 だから必然的にAさんが行うことが多かった。そもそもAさんは霊的なものを信じていなかったし、役職上そういうこともしなければならないと思っていたので問題はない。「暗くなった室内で声が聞こえる」といううわさにも、『外の声が聞こえるんだろう』程度の理解だった。
 その日までは。

 ある冬の日、レジを閉め計算で端数が合わなかった。平時なら翌朝に持ち越して精査するのだが、気になって残っていたら、Aさんが最後になってしまっていた。時間は夜の10時を回っている。いつも締めの作業をすると言ってもバイトやパートさんが1人や2人残っているものだったが、遅い時間にフロアで1人になるのは初めてだった。
 コスト縮減のあおりもあり、店内の照明はほとんど消されてしまっている。大通りに面したビル内も気味が悪いほど静まり返っている。
「電気消して帰るか」
 ずっと数字と睨めっこしていたので、目は疲れて頭も靄がかかったようだ。
 明かりのスイッチは、奥まったところにあり、消してから出口の扉まで少しだけ真っ暗な中を進まなければならなかった。
 最後にスイッチの近くまで行くとその前に人がいた。この店の制服であるエプロンを身につけておらず私服だ。一瞬、誰かが忘れ物でも取りに帰ってきたのかとポジティブに捉えようとしたものの、そもそもスイッチ前に立つ人ほど身長が高いスタッフは現在のメンバー内にいなかった。絶対に知らない人だ。
 ただ、その人は直立不動の体勢でこちらに背を向けて立っている。顔は、スイッチの真ん前にあるか、なんなら接触しているのではないかと思うほど近い。
『誰だ?』
 ここにいそうな人を脳裏で探ってみるものの心当たりはない。
『疲れて見間違えてるのかな』と自身を疑ってみるものの、ソイツははっきり10メートル程先に佇んでいる。要所しかない明かりのため、薄暗い中ではあるが、いるものはいる。
 ただ、そこから歩を進めて確認するのは、かなり抵抗がある。これ以上近づくと、見間違えでなくなりそうになる。
『一旦、奥の事務所に帰ってしばらくして戻ってきたら消えてるんじゃないか』と考え始めた頃に、そいつが電気を点けたり消したりし始めた。
「うわー!!」
 慌てて店の外に駆け出した。もちろん不審者の可能性は残されているものの、怖かったのは、男が手を使わずに照明の明滅をしていたことだった。
 つまり、近づけた顔のどこかでスイッチのオンオフをしている。鼻だろうが口だろうが額だろうが、そんな状況は耐えられなかった。
 だから自分に『翌朝早くにくればいいや』と言い聞かせてそのまま帰った。幸いエアコンなど照明以外は全て落としていた。
 セキュリティをかけていたにも関わらず、何の反応もなかった。また、スイッチには何の痕跡も残されていなかったという。人間なら脂の跡でもありそうなものだが。また店内の照明は全て落とされていたそうだ。
 この一件があって以降、Aさんの店は8時の閉店後、9時までには何があっても締め作業を終える決まりになったそうだ。これは、レジでどれだけ大きなミスがあろうが、棚卸しであろうが、9時になったらビルを出る、というルールだ。
「明るい時に作業をした方が、間違いに気づきやすいものだ」
ーーと説明しているものの、遅くまでの残業がなくなって、事情を知らないスタッフからの評判は上々であるという。

 最後まで話を聞いた後、かぁなっきさんは聞いたそうだ。
「そういう商業施設なら、監視カメラがあるんじゃないですか?」
 しばらくの沈黙の後、Aさんは「それはちょっと……」と言葉を濁した。
「映ってたんじゃ?」
 重ねて問う。
「確かに重要な場所なので照明のスイッチに向けてのカメラがあったんですが」と渋々話してくれた。
 実はその翌朝、スタッフの1人からの「監視カメラの位置ズレてません?」との指摘に、録画を確認したのだそうだ。するとAさんがレジを閉め終わるあたりの時間から照明のスイッチに向けたカメラの角度がグッグッっと少しずつ右に動いて、いつも写しているあたりが画角から出てしまった。
 まるで、誰かがカメラに当たっていることに気づかないまま作業をしていて、そのままズレてしまったかのように。
 指摘したスタッフには、「本当だ、おかしいね。金具が緩んでいたのかな」と誤魔化したものの、昨晩のことは言い出せないままだったそうだ。もちろんカメラは、手の届くような低い場所にはない。
 原因は未だに分からないという。
 カメラの動きは、これも顔で押してたら気持ち悪いな、というような動きだったのだそうだが。

                         〈了〉 
──────────
出典
禍話フロムビヨンド 第7夜(2024年8月10日配信)
7:00〜 

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています!

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。

よろしければサポートのほどお願いいたします。いただいたサポートは怪談の取材費や資料購入費に当てさせていただきます。よろしくお願いいたします。