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【禍話リライト】ひとつずつの引っ越し

 人の恐怖にまつわる記憶については多種多様で、傘が怖い人、ビニール袋が恐ろしい人など多種多様だが、これは軽トラが怖い人の話。

【ひとつずつの引っ越し】

 かぁなっきさんが、最初にAさんから、
「中学の時から、軽トラが怖いんです」
と聞いたときに『はねられたのかな、危険運転関係なのかな』と思ったという。確かに、田舎では、安全装置という概念が出る前のオンボロが恐ろしい速度で走り回っていたので、そういうこともあるだろうと思ったそうだ。
 その旨をただすと、「いえ、事故じゃないんですよ」と答えてくれた。
 続く話はこんな内容だった。

 Aさんが中学生の時、終業後に自宅へ帰っていたという。部活はしていなかったというから、平日の夕刻、4時か5時くらいのことだろう。
 帰宅の途中に荷台周りに板が立てられた軽トラが停まっていた。Aさんは、廃品回収か、引っ越しなのかなと思ったのだそうだ。住んでいた町では別に珍しくもない。荷台に目をやると、ほとんどがゴミという以外に表現できないようなものばかりで、家財道具というには少しくたびれすぎている印象のものばかりだったという。
 場所は、古ぼけたアパートの真ん前で、その中の一室と軽トラを数人のおじさんが行ったり来たりしていた。少し見ていて、奇妙な事に気付いた。一人が片手に目覚まし時計を持って、荷台に置いて部屋に戻っていく、次の作業服を着たおじさんも、片手で持てるような軽いものを持ってきて、放り込む。どうみても効率が悪すぎる。
『こんなに軽いものなら、段ボールか箱に詰め込めばもっと早く済むだろ』、そう思うAさんの横を通って、次の男性は板切れを持ってきた。
『ここの大人はバカばっかりだ。なんだよこれ』
 生意気盛りの中学生ということもあってそう思いながらも、もう一瞥だけ、引っ越し元と思われる部屋を見る。アパートの一階の左端にあるその部屋は、大きく扉が開けられていて、同じような姿の男性がうろうろするばかりだったという。
 そのまま帰宅したAさんは、何とはなしに夕食の支度を進める母親に話しかけた。
「通学路に●×アパートってあるじゃん。あそこで引っ越ししてたんだけど、こんなことがあってさぁ。効率悪くって」
「へ~、そんなことがあんのね。友達とかでさ、時給とかが発生するから、間延びさせてたのかもしれないよ」
「悪い大人もいるもんだね」
 その場は、アハハと軽い雰囲気だったが、やり取りが面白かったので、そのあと帰ってきた父親と高校生の兄にも同じ話をした。すると、兄が疑問を投げかけた。
「ん? 何アパートって?」
「●×アパート」
「それの何号室?」
「建物の玄関が開けっぱなしだから分かったんだけど、入って1階、左側の部屋で……」
「俺、そのアパートに友達がいるからわかるんだけど、その部屋、人が住んでいなかったと思うけどな」
 引っ越してきたのなら分かるが、引っ越していくのは解せない、と言う。
 兄も、Aさんも、母も思案顔をしていると、父親が解決してくれた。
「新たに人が引っ越してくることになって、まだ前の住人の家財道具が残されてたんじゃないか。それを片付けているとか」
 社会経験の長い父親の面目躍如といったところで、家族の皆が関心をしてその晩のやり取りは終わった。

 翌朝、Aさんは日直の仕事があって早くに学校へ向かった。時間帯もあって、通学路には人気ひとけが少ない。
 すると、昨日のアパートの前、同じ場所にまだ軽トラが停まっていた。
「えっ!」
 様子をうかがうと、昨日よりも荷台の周りの板の高さを上げて、多く積めるようにしていた。にもかかわらず、積んでいる荷物は昨夕からほとんど変わってはいなかった。ゴミと見間違うようなものばかりで、古道具屋へ持って行ったとしても到底売れるとは思えない。また、破れた服や、布の切れっぱしなどそのまま捨てたほうが良いようなものもあった。運転席にも助手席にも誰も座っていない。
 アパートの正面の扉を見ると、こちらは閉ざされていた。
 引き戸に手をかけると施錠はされておらず、のぞき込むと、昨日の部屋の扉は変わらず開いたままだった。廊下の時計は7時になるかならないかの早朝だ。
「不用心だな。何これ?」
 部屋の位置的に、数歩入れば中が見える。気になったAさんは、好奇心もあって中を覗き込むと、昨日目にしたおじさんたち4人が、ゴチャゴチャに全くかたずいていない部屋の真ん中で、背を合わせて座りこんでいた。それぞれの表情は穏やかで、やり終えた感すら感じる。まだ全く片付いてはいないように見えるが。
 足の踏み場もない部屋の真ん中を無理矢理開けて、そこに座りこんでいる。なぜ、そんな汚い場所で座るのか全く理解ができない、万一休憩となったとしても、廊下部分はきれいなのだから、そこに座ればいいと思うのだが。
 その風景を眺めていてAさんは、何となく『こんなところに座っているんじゃ、この人たちも周りのごみと一緒じゃないか』、そう思ったのだという。まるで、一体化しているようにも見えたのだそうだ。しかも、音を立ててアパート内に入ってきたAさんがのぞき込んでいるのに、誰も顔を上げない。加えて、風呂の時のように低い声で、「あ~」とか「う~」などと口にしているのだ。
「何だこれ、怖いな」
 小さくつぶやく。すこし逡巡したが、「失礼しました」と部屋を離れ、玄関の引き戸だけは閉めて、敷地を出た。
 軽トラに目をやると、さっきまで誰もいなかった車内、助手席に誰かいる。Tシャツのような私服を着た女性だ。
 窓が開いていて、こちらに何か話しかけているのだが、声が小さくて何を言っているのか聞き取れない。
 口は動いているのに、声が耳に届かない。まるで、テレビの音量が低いみたいだ、と思いながらも近づくと、言ってることが分かった。
「まだまだ掛かりそうですかね?」
と言っている。学生服を着たAさんは、『俺に言われてもな』と思うものの、関わり合いにはなりたくないので、「ちょっと分からないです」とそそくさとその場を離れて学校へ向かった。
 ただ、軽トラが遠くになった時点でとても怖くなってきた。
「意味が分からない」
 そのまま、急いで学校へ向かった。

 日直の仕事は、無事に終えたが、いつもよりも登校してくる生徒の数が格段に少ない。聞くと、多くが流行の風邪をひいたらしい。
 そういえば、昨日結構多くの同級生が「のどが痛い」「頭が重い」と口にしていたことを思い出した。
 部屋を見渡すと、結構まばらな状態で、先生も「これ以上減ったら学級閉鎖だな」と言っている状態だった。Aさんにとっては、ラッキーな状態で、朝のおかしな体験のことは頭の片隅に追いやられていたという。
 しかし、人数が少ないまま授業を大きく進めるわけにもいかず、復習のプリントをすることになった。皆で取り組んでいると、別の先生が、担任の先生を呼びに来た。職員室で何か用事があるらしい。
「それじゃ皆、プリントをしているように。先生、すぐ戻ってくるから」
 そう言い残して、担任の先生は席を外した。
 閑散とした教室の中、なんとなくはしゃぐような雰囲気になれず、黙々と課題に向き合っていたのだという。すると、Aさんの後ろの席の生徒が、何度も肩を叩く。
「もう少しで、学級閉鎖になるような状況なんだからあんまりはしゃがない方がいいぞ」
 言いながらAさんが後ろを振り返ると、後ろの男子は「お前のことを呼んでるぞ」と窓の外を指す。
 教室から校庭が見えるのだが、その向こう、正門の前に軽トラが見えた。Aさんたちの教室は1階なので同じ高さになっており、しかもその荷台に、朝見たよりも多くのおじさんたちが詰め込まれているように見えた。パッと見た感じでは、人で一杯になっているように見える。
 こちら側に助手席の扉が向けられており、そこから朝に見た女性が降りてきて、Aさんに向けて「こっちこっち」とジェスチャーをしている。
「うわっ!」
 声を出して、後ろを振り返ると、まばらながら教室にいたはずの生徒が一人もいない。
 もう一度、「えっ! キツイ」と叫ぶと、死角から、「脅かさないでよ」と仲の良い女生徒のBが声をかけてくれた。部屋を見渡すと、さっきまで人がいないように見えた室内には、少ないながらも何人かの生徒がいて、黙々とプリントをしていた。「スミマセン」消え入りそうな声でBさんに言う。 
 しかし、そのままではいられない。
「ちょっと先生いないけど、俺、トイレ行ってくるわ」
 混乱気味の頭を落ち着かせるために、Aさんはトイレに行った。とりあえず小用をたし、おそるおそる窓から校庭の様子を見ると、軽トラは先ほどの位置には見えなかった。
「よかった、居ない」
 ホッとしたものの、先ほどの恐怖が頭を離れなかったので、3~5分ほど手洗い場で顔を洗っていたのだそうだ。
「疲れてんのかな。朝早かったし」
 そんなことを、つぶやきながら教室に戻ると、先生はまだ戻ってきてはいなかったものの、雰囲気がザワザワしている。状況を呑み込めないでいると、近くの席のBさんが説明してくれた。
「あなたがトイレ行っている間に『Aくんの母です』って来た人がいるんだけど、私、Aくんのお母さん知ってるじゃない。全然違う人で、その人がついさっき来たんだけど」
 特徴を聞くと、朝に助手席に乗っていた、さっきこちらに手招きした女性と一致する。
 Bさんはとっさに機転を利かせて、「Aくんなら帰りましたよ。知らないんですか」と返した。すると、「そうだった、そうだった」と帰って行ってしまったのだという。
「だから、トイレ行っててよかったよ」
と言われたのだそうだ。
「怖っ」と叫んでいると、先生が戻ってきて、事情を聴かれたので、そのまま答えると、「事件じゃないか」と言う。不法侵入者だからもちろん事件だ。Aくんのクラスのみならず、隣のクラスにも先生が状況を聞きに行ったそうだが、皆、その女性の存在は見ていたのだそうだ。
 その日は、親が迎えに来てAさんのクラスは早退となった。
 それ以降、特に何も起こらなかったのだそうだが、当時を思い出してAさんは言う。
「あの日の私、かなり危なかったんじゃないかと思います」

 日にちが経ってから、Aさんのお兄さんが友人のところに訪ねていくついでにその部屋について聞いてくれたのだそうだが、そんなにごみごみした部屋ではないのだそうだ。
 加えて、女性は多数の目撃者がいたものの、軽トラについては、誰一人として見ていないのだそうだ。それは、校庭でも通学路でも同じだったそうだ。

 Aさんは七人ミサキのようなものと、波長が合ってしまったのだろうか。ごみの種類を思い返しても、びりびりに破れた服や板切れ、目覚まし時計などあまり良くないものばかりのようにも思えるが。
                         〈了〉 
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出典
禍話フロムビヨンド 第19夜(2024年11月16日配信)
41:50〜 

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています!

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


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竹内宇瑠栖
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