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【禍話リライト】甘味さん譚「ぬいぐるみおじさん」

 人形やぬいぐるみにまつわる話は多い。
 禍話レギュラー甘味さんの、廃墟とぬいぐるみにまつわる話。

【甘味さん譚「ぬいぐるみおじさん」】

 廃墟で泊まることが趣味の甘味さんという女性が、めずらしく二人連れでとある廃墟に行ったのだという。一緒に行ったAさんは、心霊好きで興味があったそうで、同行したのだそうだ。甘味さんは、今後の下見程度の思いだったという。
 廃墟に着いて、Aさんの提案でばらばらで探索することになった。しばらく散策していると、さっき別れたばかりのAさんから携帯に着信があった。
「甘味ちゃん、今どこにいる?」
「どうしたの?」
「変な人が中庭にいる」
「あ、そう。他にも誰か居たんだ。どんな人なの」
「手に、動物のぬいぐるみを持っている。中から綿があちこちはみ出ているような」
 廃墟に他に人が居ること自体は、それほど珍しいことではない。しかし、ぬいぐるみ、しかもボロボロのものを持っている人はいない。
 外見を聞くと、何の特徴もないと言う。強いていうなら、普通のデパートで買い物をしているようなおじさんなのだそうだ。印象に残らない。残るのは、ぬいぐるみだけだ。しかも、グチャグチャになっているぬいぐるみの傷を見るに、経年劣化ではなくどうも人為的なものに見える。
 Aさんは、あいさつをしてきたそのおじさんを無視することもできず、小さい声であいさつを返したものの、あまりに気持ちが悪かったので、甘味さんに電話をしたのだという。
「ヤバい人だよ。だから帰ろう」
 Aさんは電話でそう言う。しかも、そのおじさんは、ガタイが大きいらしい。ヤバくて大きい人がいる廃墟は、ちょっと長居する気にはなれない。
「じゃあ、帰りましょうか」
 待ち合わせをして、廃墟を出ようとすると、出口にそのおじさんが立っていた。確かにAさんの言うようにまったく印象に残らない格好をしていて、左手には、グチャグチャの人形を持っている。
 人形はクマらしかったが、顔も、体もあちこちから綿がはみ出ている。顔に関しては明らかに切り刻んである。手でやったような傷跡ではなく何か鋭利な熊手のようなもので中が見えるまで引っ搔いたように見える。お腹に関してはカッターでの傷に見えた。
「どうも」
 先ほどのAさんの時と同じく、挨拶をされたので当たり障りのない返答を返す。ただ、その大きなおじさんが邪魔で、建物から出られない。会話をした方が良いものかと思って、甘味さんから話しかける。
「その手に持っている……」
「ヒロシのことね」
「ずっと昔から持っているんですか?」
「ずーっと昔から持ってる」
 かなり機嫌がよくなったようで、人形との出会いを話し始めた。しかし、話すのが得意ではなく、時系列があちこちさまよう上に主語も分かりずらい。不必要な付帯情報も多い。本人曰く、運命の出会いだったのだそうだ。
 話しているうちに、おじさんの機嫌がずいぶんと良くなってきた。
「悩みなんかは、バカな話なんだけどヒロシに相談したりなんかしてね」
「そうなんですかぁ」
 それは自身との対話だろうとチラリと脳裏をよぎるが、それは口には出さない。
「ケンカしたこともあったけど」
 甘味さんもぬいぐるみの外見から『そうだろうな』とは思うものの、適当に流す。
 そんな会話に何か言わなければならないと思ったのか、Aさんがおじさんにこう言った。
「じゃぁ、まさに一心同体ですね」
「そう、そう!」
 テンションが上がってきて、邪魔だった位置から少し動いたので、そのすき間を見逃さず、「ごゆっくり」とのセリフを残して、建物の外へ出た。
 男性は、踵を返してそのまま建物の奥へ入っていった。
 車に向かいながら甘味さんがAさんへ言う。
「結局あの人は何をしてたんだ。しかしAさんも『一心同体』とはうまいこと言うもんだ」
「何か言わなければならないかと思って」
 結局その日は、そのまま帰宅したのだという。

 数日たった朝、姪っ子に『甘味姉ちゃん、まだ寝てんのー』と起こされる夢を見た。自分は疲れているのだが、休日の子どもはその辺は頓着せずに起こしに来る、そんな内容だった。寝床で寝ている甘味さんをゆさゆさと揺り起こす。
「大人は、もう少し寝ないと動けないんだよ」などとあしらっているのだが、何度も何度もしつこく繰り返す。
 夢か現実か定かではないが、かなりしつこいのでイラつき始めた。
「もう、うるさい」
 次に来たら叱ってやろうと思っていた。
 そうすると、また来て体を揺さぶる。
「うるさいな。構わないで」
 そう言うものの、止めない。
 その揺さぶり方が、子どもではない。
 目を開けると、現実の世界でぬいぐるみを持っていた大柄なおじさんが揺さぶっていた。真剣な顔をしている。
 普通なら、大声で叫ぶところだが、甘味さんは「何ですか!」と聞いたのだという。すると、おじさんは真面目な顔をして、
「首の部分だけは傷つけていないから」
ーーと口にした。
「えっ!?」
「いや、だから、首の部分だけは傷つけていないでしょ」
 手に持ったボロボロのぬいぐるみを目の前の至近距離に突き出してくる。
「はい」
「よかったーそこは確認してもらわないと。危ないから。首はいろんな大事な器官が通っているところだから」
ーーと、部屋を出て行った。
 そのまま、眠りにつこうとして気が付いた。
「嘘だろ! 冗談じゃない。何、今のは。帰ってくれたけど気持ち悪いな」
 時計はまだ早朝だ。家の中を調べて見たが、もちろん鍵は閉まったまま。人の気配はない。時間が経ってからAさんに電話したところ、同じ時間におじさんがAさんのところに訪れて、何かを言おうとしたのだが、驚いて大声を上げながら部屋から逃げ出して、ちょっとした騒ぎになっていたという。
「家まで来たんだね。甘味ちゃんも大変だったでしょ?」
「ーーうん。大変だった」
と答えたのだそうだ。

 甘味さんが言うには、その朝の体験が夢だったとしても、確かに廃墟のおじさんの持つぬいぐるみは、首のところに傷はついていなかったという。
 だからといって、顔やお腹はグチャグチャなのだから、生き物だったら生きてはいないだろうとは思うのだが。どういう理屈が通っているのかは分からない。
 廃墟で出会った人が生きている人なのかそうではないのかは定かではないが、その一言を伝えたいがためにお出かけしてきたのだろうか。
                            〈了〉 
──────────
出典
禍話フロムビヨンド 第23夜(2024年12月28日配信)
50:30〜 

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています!

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。


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竹内宇瑠栖
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