第26夜 回る
「何か怖い経験や、変わった話を知りませんか」と怪談を集めるときに聞くものの、すぐに話をしてくれる人は少ない。そんな時、怪談師によってはいくつか怪談を披露したり、子供の時の変わった体験を聞いたりするのだという。
なぜ、すぐに出てこないのかというと、変わったことがあっても、自身の中で折り合いをつけてしまうからだろう。だから、すぐには思い出せない。
よく話を聞かせてくれる高校教師のAさんが教えてくれた怪異譚。この話も日常の些細な怪異と言えるものだ。
【回る】
ゾートロープ(ゾエトロープ)という道具がある。日本語訳は「回転のぞき絵」とされ、静止画が素早く入れ替わることで、まるで絵が動いているように見えるというものだ。原理としてはパラパラ漫画と同じで、形状は走馬灯のようなものだそうだが、光で外に絵が出るのではなく、細く縦に刻まれたスリットから内側の円柱に記された絵を見る形をとる。
Aさんは、ロッカーの上に片づけてあるゾートロープに、もらった風車を挿しておいたのだそうだ。ある朝出勤すると、同僚がそれを指して、
「先生、これ、片づけてもらえませんか」
と頼んでくる。訳を尋ねると、
「夜にね、回るんですよ」という。
最初は、ゾートロープかと思ったが、風車が回るらしい。
風車は風に対応して回るものだから、何がおかしいのかと思ったのだが、 問題は、季節が秋で窓も開けておらず、空調もつけていないのに風車が回ったり止まったりすることなのだ。しかも、夜、職員室に少人数で残っている時に限って起こる。逆に、おおっぴらに窓を開けていても気流の関係なのかほとんど動かないのだという。
話を聞いて、すぐに片づけたが、「そのうち本当にゾートロープが回りだしたらシャレにならないな」と思ったのも理由の一つだと教えてくれた。
怪談の定形の一つに、「ないのにある」「あるのにない」というものがある。ここでは、風などないのに風車が回るという現象だ。人の少ない職員室で回ったり止まったりする風車は、「気のせい」や「風の具合」で自身を納得させつづけるには至らなかった。仕事はしないといけないものの、視界の端で回るモノというのはなかなかのストレスだというのは想像に難くない。
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