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【禍話リライト】許すなのチラシ

 この話か、「水風船の封筒」のどちらかをリライトしようと思っていたのだが、もう一本はどうにも呪術的なので、こちらを選んだもののこちらもなかなか禍々しい話だ。興味のある方はぜひどうぞ。
 きっかけは、街角の些細なことなのだが……という短い話。

【許すなのチラシ】

 駅前でビラやチラシを配っていることはないだろうか。
 特に田舎のターミナル駅前で、土日によく分からない団体が配っているーーそんなイメージだろうか。苦しんでいる人や動物を助けよう、そんなメッセージが書かれている。皆に手に取ってもらいやすいようにかわいらしい女の子や男の子が配っているような。

 Aさんがまだ学生時代に最寄りの駅に降りたとき、そんな団体がビラを配っていた。土曜の午後のこと、内心は『またやってるな』くらいのものだったのだが、その中にひときわかわいい子がいた。クラスに居たら、周りがぱっと明るくなるようなタイプの子だ。
 だから思わず配布物を手に取った。
「ありがとうございまーす」
 駅前には、「野良猫を助ける」「海外の恵まれない子に愛の手を」という二つの団体がいてそれぞれにチラシを配っていた。だから、その娘がどちらに属しているのかは分からなかった。
 歩きながらチラシに目を落とすと、そこには「〇〇家を許すな」と書かれていた。チラシの中央に写真が大きく印刷されている。特に大きな特徴はなく、どこにでもある建売だ。表札は印刷の具合か判然としないので、本当にその写真が〇〇家のものであるかどうかは分からない。
 〇〇というのは、佐藤、田中、鈴木のようにどこにでもあるありふれた名前だったという。
 異様な内容に思わず足を止めて女の子を振り返った。すると、神妙な顔で「よろしくお願いします」と頭を下げた。
 取ってしまった手前、返すわけにもいかず『気まずいな』と思いながら何となく会釈した。その場に捨てるわけにもいかないので、カバンにしまい込む。
『変なものもらっちゃったな』
 しばらく歩いてから駅前を振り返ると、女の子はまだこちらを見て再度頭を下げた。
『怖。そんなに長く見るかね』
 かわいい子だからと言ってそんなものを受け取るんじゃなかったと後悔するも、後の祭りだ。しかし、自宅に帰っても家族に言うこともなく、そのまま丸めてごみ箱に捨てた。ごみは、母親がよるにまとめて出すという慣習だったそうだ。

 翌朝、朝食前に麦茶でも飲もうかと冷蔵庫に向かうと、そこにマグネットで止めてある。くしゃくしゃにしたものが手で伸ばしてあるのだ。
「え! 何これ」
 驚いて声をあげるが、母親も「これ、何よ?」と記憶がない。
「じつはこれ、昨日駅前でもらったんだけど……」
「気持ち悪いわねぇ」
 事情を説明するも、反応は芳しくない。そのまま、同じようにごみ箱に捨てたものの、母親も見覚えがないのはおかしい。
 その晩、トイレに行きたくて目が覚めたのだが、ベッドの上に起き上がってみると、急速に尿意は冷めた。『病気かな』と思ったものの、覚醒したものだから、トイレには向かうことにする。
 2階の自室から廊下に出て、手洗いに向かおうとすると、真っ暗な1階からブツブツと声がする。泥棒かと思って、気配を殺して階下へ向かう。真っ暗な居間の扉が開いており、その中で父親が大股を開いてソファーにふんぞり返っていた。普段は、温厚でそんなことをする人ではない。
『寝ぼけてんのかな』
 声をかけづらくて、様子を見ていると、どうやら怒っているようだ。耳を澄ますと、口にしている内容が分かってきた。それは〇〇家への怒りだった。こちらも普段の行動からは考えられないという。薄暗がりの中で、握ったこぶしが小刻みに怒りで震えているさまが見えた。憤懣やるかたない様子だ。
『怖っ!』
 思わず口に出そうになるをこらえた。声は掛けられない。
 動けないでいると、父親のほかにも声が聞こえることに気付いた。
 台所からだ。
 そちらの方へ向かい、暗闇に目を凝らすと、母親が立っていた。まるで料理をするかのように調理台に向かっているものの、水も流れていないし調理道具も持っていない。ただ、食器を手に持ったまま、「殴る蹴るじゃ済ませられない」とつぶやいている。手に力が入っているのが暗がりでも分かる。
 結局、二人ともに声をかけられず、そっと寝室へ戻って布団を頭からかぶったものの、もちろん眠ることなどできない。そのままの状態で、30分ほどしたら、両親が階段を上がってくる音がして、隣の部屋で眠りにつく気配がした。
『なぜ二人違う部屋でブツブツと……?』
 せめて同じ場所でおかしくなってくれていた方が若干怖さは減るように思うものの、確認はできない。何とか眠りについた。

 翌朝、目が覚めたが、昨日のように冷蔵庫に貼りだされてないか、気が気でない。
 確認すると、貼っていない。胸をなでおろして、朝ごはんをかき込んで、家を出た。
 学校へは、自転車だった。
 家の裏手のガレージに着いて「うわっ!」っと声が出た。
 自転車のサドルに、件のチラシがガムテープでべったり貼り付けられていたのだ。
 そのまま、右手で握りつぶし、学校のごみ箱に捨てた。 

 チラシが戻ってくることはなかったが、それからしばらく夜中に家人が階下をうろつく気配や、ブツブツと出す声が聞こえたが、確認は絶対にしなかった。ただ、それも一か月くらいで収まったという。
 そういうことが関係あるのかは分からないが、駅前でのチラシ配りはなくなったのだそうだ。
 Aさんは、「チラシと両親の奇行は絶対関係ありますよね」と言う。
 配っているのがどれだけかわいい子であっても、うっかり呪物を受け取ってしまうことがないとはいえないーーそんな話だ。
                          〈了〉 
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出典
禍話フロムビヨンド 第15夜(2024年10月19日配信)
7:25〜 

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
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