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日輪を望む8―一貫斎魔鏡顛末

【能当から眠龍へ】

 卯月に入ってしばらくして、神鏡、反射望遠鏡のめどは立った。もちろん研磨の精度を上げたり、調整をしなくてはならないが、形にはなる。

 一貫斎は、国友屋敷に出仕する工房の皆に反射望遠鏡を覗かせ、自身もその地形を絵に落とし始め、「この記録は、百年先も価値があるぞ」と顔をほころばせる。完成の報は、親しい藩を中心に伝わり、驚くような価格で望遠鏡の引き合いも来はじめたものの、一貫斎は一度も首を縦には振らなかった。

 こうした嬉しい出来事と裏腹に、文政八年(一八二五)は、長引く雨、夏の到来が遅く気温が上がらなかったため、田植えも遅かった。

 数年前の全国的な飢饉もあり、貯蔵されている農産品は心細く、加えて例年にも増して、鉄砲の受注が少なかった。国友村は、数十年来の受注減に伴い半農の工人も多く、こうした天候不順は直接村の台所に響くことになった。

 皐月に入り、又兵衛とともに神鏡にも最終調整を加えるようになった。以前に壁に凹面鏡の曇りを映し出したように、磨き出した模様を壁に映し出す。今回は、行灯ではなく、より光の方向を絞ることのできる龕灯がんどうを鏡に当てる形をとった。無垢の布を張り、そこに反射する形をとる。

「龕灯とは便利なものでございますな、光の方向をこのように自在に操ることができるのはよく考えられているもので」

 又兵衛が手に持った得物を回す。龕灯は稼働する二重の輪の中心にろうそくを立て、どのような角度になっても火が消えないように考えられた照明具のことだ。

「ガンドウとは、強盗提灯が縮まったものだというから、物騒な名前だが、こうした折には便利なものじゃな。さて佐平次、その鏡を持って、白幕の前に立て」

 指示された鏡を手に持つ。ごつごつとした形が掌に刺さる。反射望遠鏡と同じ合金で作られた銅鏡は、鍍金がほどこされ滑らかな銀色に輝いていた。又兵衛が、照らした龕灯の光を反射して幕へと映す。

 すると、白い円の中に棒とそこから折られた紙が連なっている姿が浮かび上がった。神主などが祝詞を読むときに手に持つあれだ。

「御幣か」

「江戸で世話になった平田篤胤先生の吉田流の御幣じゃ。佐平治、天地逆にしてみよ」

 すると、多少角張ってはいるものの松の姿が映る。

「だまし絵の技法じゃな。裏面は、その姿を左右逆に彫り込んであり、それが磨き込んだ鏡面に影響して浮かび上がる仕組みとなっておる」

「しかし、そんな稚拙なやり方でやり玉にあがらないか」

「そこが狙いだ。罠は目立つところの方が効果がある。江戸で学んだことの一つだ」

 もう一枚鏡を渡された。

「さらに、同じ仕組みのその鏡を裏面に貼り付けて、ぐるりとひっくり返る仕掛けを作ってほしい。できるか」

 そう言われて、からくりを理解した。

「それは、数日もあれば。つまり、あとひと月以上残して、ほぼ出来上がりか」

「いや、まだだ。このままでは、向こうの思惑通り。それに対抗できる力が必要だ。ところで、このひと月、槌打職人の彦左衛門を貸してもらいたいんだが」

「鉄砲の張りたては、彦左がいなくてもなんとかなるが、何に使うんだ」

「そこは、わしにまかせろ。これは、神鏡を作る眠龍の仕事ではなく、鉄砲鍛冶一貫斎としての仕事だ。ついでにもう一つ頼まれてくれんか、佐平治なら半刻もかからず作れると思うが」

 そう言って頼まれたのは、横一尺、縦五寸の小さな立て札作りだった。ちなみに、眠龍というのは、一貫斎が鉄砲や空気砲などの武具以外に刻む字名だ。先日ようやく完成した反射望遠鏡にはもちろん、懐中筆、今回の神鏡などには、この字名が誇らしげに刻まれている。

(滋賀県文学際に投稿したものを改稿)

                           〈続く〉

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竹内宇瑠栖
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