【第19話 名取教授のドタバタ講義】
トテテテッ------
そんな効果音が似合いの動作で、彼女は歩く。
地面から足底までかなりの距離をとるヒールを履いているにも関わらず。
------この娘は、強く理解していた。
男、漢、紳士、オス、雄…どう呼称されていようが、それらの類の生物は自身の色香を持ってすれば容易くコントロールできてしまうことを。
「アハッ☆」
ベロア素材のチューブトップにタイトなミニスカートという時代錯誤の感があるファッションを、その他のアイテムを駆使することで見事に現代風にアレンジする。
その努力は、胸元と太腿を強調させることによる甚だしい効果を痛いほどに知っているからこそだ。
「あれぇー?京一さんじゃないですかぁ、こんなトコロで会えるなんて…リナ、嬉しい♪」
長く、そして彩られた爪を京一の胸元に這わせ、こんな台詞をサラリと吐く。
同時に、ツインテールの巻き髪全体に振りまいたのではないかと思えるほど香る香水の匂いが空間に漂った。
「や、やぁ里奈ちゃん。こ、こんなところで何を言ってるんだい」
このとき、すれ違いざまに色仕掛けに遭遇した京一の鼻下の寸法が明らかに変化しているのを、共に歩いていた二人は見逃さなかった。
もちろん、この状況下で変化したのは京一の鼻下のみではない。
冴木 新と瀬戸 小百合というCPPにとっての ”期待の新人” が先輩を見る眼に軽蔑の色が浮かぶというわかりやすい変化も同時に発現したわけである。
「あれ?…ねぇ、キミぃ」
突然、一般人の二倍はあろうかという大きな瞳が新の姿を捉えた。
「えっと、俺ですか?」
「そうそーう♪もしかしてさ、キミが新くんかなぁ?」
新は、特異な---だが、強烈な美貌を持つことには異論の無い---女性に突然自分の名を呼ばれ、驚いたことで一瞬反応が遅れた。
その間隙をついて何故か京一が代理で反応する。
「そうだよぉ里奈ちゃん!彼こそがあのaliasとma★na、両方の産みの親であるスゴい新人さ。僕はこれから彼に《xE-PSI》について講義をするところでね。いやぁ僕も仕事で成功するために忙しいんだけど---チラッ---かわいい後輩の頼みとあれば男としてきかないわけにはいかないじゃないか」
「へぇ〜!京一さんスゴぉい!そんな子に頼られるなんてぇ」
「それほどでもないさ、アハハ」
「「…」」
謎の美女の登場で突如として混沌としたこの空間で、新は終始ポカンとし小百合は大きなため息をついていた。
この女性の名は、小林 里奈------。
CPPのメンバーである…からには、美しさだけでなく何らかのE-PSIを持っているはずなのだが。
「ねぇ京一さん。その《xE-PSI》のレクチャー、リナも行っていいかなぁ?」
ピシィッ------
里奈のいきなりの提案に、騒音が嫌いな小百合の表情が強張る。
新は、そんな小百合の不穏な空気を感じ取って背筋に悪寒を走らせていた。
しかし当の京一はというと…
「モチロンだとも!里奈ちゃんも、《Switch Case Reality》のメンバーだもんね!
「「------…え!?」」
新と小百合は、二人同時に驚愕の声を漏らした。
そんな二人に、里奈はクスリと笑いながら問いかける。
「ちょっとぉー、そんな驚かなくてもいいじゃん!てゆーか、キミたちもSwitch Case Realityの《デバッグ》、参加するの?」
「「はい…」」
「ウケる〜!ステレオなんですケド。ま、そーゆうことならアナタ達とリナは仲間ね?なんかぁ〜上のオジサンからぁ、このミッション始まる前にxE-PSIのレクチャー受けとけーって言われたんだけど放置してたの。この機会に済ませておくわ。ヨロ〜」
そう言うと里奈は振り返り、先陣を切り歩き出す。
どうやら京一、新、小百合が向かっていた部屋がわかる様子だ。
ウキウキの表情の京一、心配そうな新、イライラする小百合。
三者三様の表情で里奈の後ろを歩く------。
------
四人は、真っ白い正方形の部屋に入った。
壁が綺麗に真っ白だが、ところどころに小さな出っ張りがあり、黒・赤・青の三色のマーカーと黒板消しのような形状のものがセットで置いてある。
そう、この部屋は壁全面が所謂 "ホワイトボード" なのだ。
そして部屋の中央部には、正方形の部屋の形状に沿うようにして、腰掛けられるポールが設置されていた。
CPP本部には各階層に最低一つはこのような部屋があり、ミーティング等の用途で使われる。
京一以外の三人はポールに浅く腰を預け、話を聞く体勢を取った。
「さて…」
壁のとある一面を背にし、黒のマーカーを手に取った京一が口を開く。
「君たち三人はSwitch Case Realityの、デバッグのメンバーに決まっている」
「これがCPPにとってどれだけ重要なミッションかは、CPPが標榜するビジョン、活動の履歴、そして二十名で三ヶ月間という大きなリソースを割く姿勢からも読み取ってくれるね?」
京一の話を聞く三人は思いも思いに首肯する。
「それで君たちは今回のミッションに大きく関わる《xE-PSI》について知る、という目的でここに集まってるわけだ。しかし。それを説明をする前に、まず《Switch Case Reality》という言葉の意味を話す必要がある」
「あれ、Switch Case Realityは、xE-PSIそのものじゃあ…ないんですか?」
------新が疑問をなげかける。確か、次郎からそのように聞いた覚えがあったからだ。
「ふーむ。確かに、 "scr" という呼称が "Switch Case Reality" そのものの略称とも…考えられる…か」
京一は、はたと言葉を止め考えこむ。
そう。
新の「次郎からそのように聞いた覚え」というのは正確にはSwitch Case Realityの略称として《scr》という単語を次郎が使っていたということだ。
そのとき次郎は、この略称をべつのなにかと区別をする様子は無かった。
故に、新にこのような疑問が産まれたというわけである。
「てゆーかぁ、京一さん。意味わかんないんですケドぉ?」
------いまいち腑に落ちない京一の物言いと態度に、里奈が口を挟む。
「コホン、つまり。 "Switch Case Reality" 、そして "scr" というのはね」
おもむろにマーカーでホワイトボードに図を描き、京一は解説を始めた。
「------このように、もともとSwitch Case Realityというのは巨大なプロジェクトの名前なんだ。CPP設立当初からの、CPPの存在意義・最終目的・使命…そんな存在さ」
「複数の現実世界の創造。そしてそれらを行き来する手段の確立…。この両方を実現することこそ《Switch Case Reality》という言葉の真の意味だ」
「そして、その実現のための手法として採用されたのが《xE-PSI》------すなわちE-PSIerの集団で実現するE-PSIなんだよ」
「これは当初、途方もない計画に思えたものだ。なんせ世界を新たに産み出すわけだからね。君たちはE-PSIerだからわかると思うけど、一人一人のE-PSIの力にはどうしたって限界がある」
「しかし地道にE-PSIを開花させた者を探知・勧誘し、一つ一つ実験を繰り返していくうちに…一歩づつxE-PSIの骨子は固まってきた」
「その過程で、Switch Case Realityというプロジェクトで研究開発しているxE-PSIを自然と、 "scr" ---すなわち、Switch Case Realityの頭文字の略称である---と、呼称するものが現れ出したってわけさ」
続けざまに京一の解説を聞いた三人は、概ね納得の表情を浮かべていた。
「なるほどぉ〜。確かに、xE-PSIを使うのはCPPだけじゃないってリナ聞いたことあるー」
「xE-PSIというのはCPPの専売特許ではなく《E-PSI》と同じように共通で使用される言葉ってことね。だからCPPが使うxE-PSIには個別の名称が必要で、xE-PSIの目的となる言葉を略したものを冠した…というわけ」
「そうだよさゆちゃん!さすが理解力が高くて素晴らしいなぁ」
「あぁ〜、京一さんズルいー!リナも褒めてくれなきゃイヤ〜」
「ご、ごめんよぉ里奈ちゃん!里奈ちゃんもさゆちゃんと同じくらいカワイイから許し…」
刹那------
京一の首元に寒気が走る。
なんと、一体どこからどこから取り出したのか、小百合が日本刀を構え京一の首元にあてがったのだ。
「話を進めてくださるかしら?」
「は、はひぃ〜」
「こっわぁ〜」
「おい小百合、やり過ぎじゃ…」
「いいのよ!そもそも名取さんが私の攻撃程度でやられるわけないし」
「マジ…?」
------aliasが聞いたら試してみたがるだろうな…などと新は思考するが、ぶんぶんと頭を降って意識の外へ排除する。
「さ、scrとの違いがわかったところで、Switch Case Realityについてもう少し説明するよ」
「まず。Switch Case Realityを構成する要素は、大きく二つに分けられる」
ここから京一は、更にホワイトボードへ図を書き足していく。
「 "スイッチ・プロセス" と "リアリティ・プロセス" だ」
「前者が、複数現実間移動手段を確立するためのもの。そして後者が複数現実世界を創りだし、維持していくためのものだよ」
「もちろん、そもそも現実世界が創りだせていなければ移動はできないし、移動できなれければ現実世界が創りだせたことを確認できない。故に厳密には区別しきれなくもあるんだけど、それでもxE-PSIerはこれらのプロセスを基にチーム分けされ、実験も各チームで行ってきた」
------とここで再度、新が自身に産まれた疑問を問いかける。
「あれ、CPPの正式名称ってたしかCentral to ParallelProcessing…ですよね。このParallelProcessingってもしかして、Switch Case Realityの二つのプロセスのこと…でしょうか?」
「確かにそう感じるよね。だが、どうも違うようなんだ。CPPの名称に含まれる " Processing " という単語…これはどうも、複数の現実世界そのものを示す…と聞いたような…まぁ深い意味はないかもしれないし、よくわからないな。ハハハ」
そう言われてしまえば、組織名なんてそんなものなのかもしれない。創立者がそのときの雰囲気で決めるなんてこともよくある話だ。
「そんなものですか…すみません、話の腰を折っちゃって」
「いや、構わないさ。さゆちゃんも里奈ちゃんも、質問があったらいつでもしてくれたまえ」
「えぇ」
「はぁーい♪」
どうあっても温度感が噛み合わない女性陣だが、問題ないと京一は話を進める。
「さらに。この二つの ”プロセス” は、それぞれ ”スレッド ”という単位に細分化される」
「ほう…」------新が、勝手知ったるという表情で理解を示した。
「まず、スイッチ・プロセスを構成するスレッドは、 "ゲート・スレッド" と "ルート・スレッド" だ」
「ゲート・スレッドでは《スイッチゲート》を創りだすもの、ルート・スレッドはその先の《道》を創り出すものさ」
「スイッチゲート…あまりピンと来ない言葉ね」
小百合は考え込むような表情で、京一の言葉に反応した。
「ムリも無いよ、さゆにゃん。CPPオリジナルの言葉だから」
「そして。リアリティ・プロセスを構成するスレッドは、"ビルド・スレッド"・"トリガー・スレッド"・"コーディング・スレッド"・"デバッグ・スレッド"。この、四つだ」
「ビルド・スレッドは、現実世界そのものの創造を司るもの。で、トリガー・スレッドはちょっと特殊なんだけど…完成した現実世界は《引き金》を引かない限り、動かないんだ。その引き金を引くためのスレッドさ」
「あれぇー?なんか、ずいぶん重さが違くない?リナならトリガーがいいんですケド」
今度は里奈が口を開く。
「ハハハ。そうだよね里奈ちゃん。まぁ、ここはひとまず先に進もうじゃないか」
「コーディング・スレッドは、創造される現実世界の理を "規定" するもの。そして、デバッグ・スレッドは実際に創造した現実世界に赴いて、その世界が過不足なく動いているか…そうでなければどんな問題があるのか…それを吸い上げるためのものだ」
「------なるほど。そのコーディングってやつに携わったのが "Arata" で、デバッグっていうのが今回の私たちのミッションってわけ」
「そう!さゆ "に" ゃんの言うとお…」
キッと小百合の目が冷気を帯び、刀に手がかかったことで京一は言葉を止めた。
「------二回は見逃さないわよ?」
「ご、ごめんごめん…」
「さて…駆け足になったけど以上が、Switch Case Realityを構成するプロセスとスレッドについてさ。なにか質問はあるかい?」
「ねぇねぇー、リナさっきも言ったけどぉ?明らかにスレッドそれぞれの重みが違うよね。特にビルドってどうなの?なんかぁめっちゃヤバそうじゃない?」
「確かにそれは俺も思った…俺はコーディングって形で関与したわけだけど、そもそもCPPの想定としては部外者によるものだったはずだ。部外者一人で完結してしまうスレッドと並んで、大量のE-PSIerが関与するであろうスレッドがあるというのもな…」
「僕も最初はそのあたり気になったんだけどねぇ。腑に落ちる答えは上から返ってこなかったよ」
京一は、せっかく質問してくれたのに残念だけど、と前置きして答えた。
「ふぅん。ま、ココってゆるいとこ超ゆるいもんねぇ?リナにはちょうどいいケド」
「スレッド間の重みの差…確かに気にはなるけど、特に私達にとって問題があるわけじゃないわ。先に進んでもらいましょうか」
「そうだな…名取さん、お願いします」
「うんうん。------よぉし!じゃあ、ここからはいよいよ本題!xE-PSIについてだぁ〜!」
"待ってました!" というレスポンスを期待した京一のテンションだが、見事にスルーされる。
三人ともクールな面持ちで、次の言葉を待っていた。
「え、えーっとね。ゼ、xE-PSIなんだけど…」
v.1.0