【第4話 物理教師の謎】
------亜矢誘拐事件から、一週間が過ぎた。
「おっはよー!あ、新君!ケガはもういいの?」
ケガも大分良くなり、久しぶりに学校に登校した俺が廊下で最初に出会ったのは、俺のクラスの担任教師、りさセンだった。
「りさセン先生、おはようございます。心配かけてすみません。もう大丈夫です」
俺はりさセンの前で”りさセン”と呼ぶのに抵抗があるため、明らかな重複表現だが、先生を付けて呼ぶようにしている。
…はっきり言って意味があるとは思えないが、最初にりさセンの愛称をクラスメイトに紹介されたとき、切替えのタイミングを逃してしまったので、仕方がなく惰性でこう呼び続けている-----
「良かったー、心配したわよ。あなたがバイクで事故を起こしてケガをしたって聞いた時は」
亜矢とその家族が、誘拐については学校に伏せることにしたため、俺のケガはバイクで転倒したことによる大きな擦り傷と学校に伝えておいた。
まぁ、これだけ治ってしまえば本当は切り傷でもわかりはしない。
「いくらあなたが成績優秀で免許の取得が許可されてるからって、危ないことには変わりないんだから。気を付けなさいね」
「ありがとうございます、気を付けます」
そう言って俺はりさセンに背を向け教室に向かったが、どうも視線がじっと俺に張り付いているような、そんな違和感を覚えもう一度振り向いた。
りさセンと目が合う。
やはり…俺を見ていた。りさセンはすぐに目をそらし、一限目の担当であろう教室に入っていった。
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その日の放課後、俺は亜矢と共に帰路についた。
「新、ケガ治って学校に来れるようになって良かったわ」
「亜矢が毎日俺んち来て包帯変えてくれたりしたからな。助かったよ」
「な、なに言ってんの!私が助けてもらったんだから、当たり前じゃないの!へ、変な意味はないんだから」
「ハハ、そっか。ありがとな」
「ところで、新…あの日に聞いた《E-PSI》っていう超能力?あるんでしょ」
「あぁ」
「その…新の分身ってさ、見た目は完全に新と同じだったけど…性格とかも同じなの?」
「aliasは...あ、aliasってのは分身に付けた名前なんだけど。俺とは性格も能力も、全く違うよ。亜矢は以前、会話して口調が違うこととかに気づいたみたいだけどさ。aliasのことを知れば知るほど、俺とは全く別の存在なんじゃないかと思えてくるんだ」
「そう、なんだ。単純に新が二人になったわけじゃなくて、新とは別の人格が産まれたってことなのね」
「そうなるな。でも、aliasは俺の思考を全て読めるし、彼の出現と消失は俺の意思による。その辺りがやっぱ完全な別人とは言い難いところかな。見た目も全く同じだし」
「そっか...。新、《分身がいたから亜矢を助けることができた》って言ってたわよね?あれってどういう意味なの?」
「aliasには、俺には無いチカラがニつ備わってる。一つは、超人的な戦闘能力だ。誘拐犯は俺と同じくE-PSIerで、空間を風の刃で支配するようなE-PSIを使った。普通の人間じゃ切り刻まれて終わりさ。それを、aliasは大きな傷を負うことなく倒したんだ。もう1つは、E-PSIer同士が送受信できる信号をやり取りするチカラだ。それのおかげで亜矢の居所を…」
------ここで俺は、誘拐事件についてこれ以上話すのは、亜矢の辛い記憶を呼び起こしてしまうと考え、話題を変えることにした。
「そ、そうだ。それよりさ、亜矢が昨日送ってくれた《ma★na---マナ---》のスタートアップムービーだけど...本当にいい出来だな。感動したよ」
ma★naというのは、この年末---今は十二月の後半なのでもうあとニ週間もないのだが---、モノクロでリリースする予定のゲームのタイトルだ。
魔法の力を世界観の主軸に据えたRPGで、亜矢のデザインは過去最高に気合が感じられるものだった。
「アラ、そうかしら?」
「あぁ、プレイヤーもすぐに引き込まれるさ」
「もぅ、何も出ないわよ」
------結局、帰り道にあるカフェに寄って亜矢と話をしているうちに暗くなってしまった。あまり遅くなると亜矢の家族が心配するだろうと思い、俺は亜矢を家まで送り、自宅へ帰った。
そして、帰宅した俺を待っていたのは意外な来客だった。
「こんばんはー、新君。お邪魔してまーす」
「り...りさセン!?...先生...」
何故か、我が家のリビングにりさセンがいる。
「おかえりー、新。りさセンから私に電話あってね。新と話がしたいっていうから、ウチ来て待っててもらったの」
「みゆちゃんと久しぶりに会えて良かったわー、こんなに立派になってもう...」
「私が卒業したの今年の春だよー?そんな変わってないって」
アハハと笑いあう、りさセンと姉。
確かに姉は今年の春まで俺と同じ高校に通っており、りさセンの授業も受けていただろうが、よもや卒業後に連絡を取り合い、家にまで招く仲とは...
「えーっと…で、話って何ですか?りさセン先生」
「新、お父さんが仕事でお客さん読んだときに使ってる部屋があるでしょ?暖房つけといたから、そこで話しなさいよ」
「ごめんねぇみゆちゃん、何から何まで」
「何水臭いこと言ってるのよりさセン。私が高校出てアイドル続けるか迷ってるとき、毎日話聞いてくれたじゃない。感謝してるんだから」
「ま、待て待て、親父と母さんは?あと妹たちも」
「何言ってんのー、今日は遊園地行ってクリスマスパレード見て泊まってくるって言ってたじゃない」
そうだ、今日は三カ月前から計画していた家族旅行の日だ。
姉は明日早朝から仕事で、俺は年末のSimulaのリリースに向けて少しでも作業がしたくて断ったのだが、妹二人はすごく楽しみにしていた。俺のケガを案じ旅行自体を止める話も出ていたが、自分のことで家族の予定が無くなるのはむしろ辛いと、無理に行って来いと勧めたのは俺だった...
「じゃ、あっちの部屋へどうぞ」
姉がそう言って、俺とりさセンは父の応接室------まるで会議室のような内装だ------に移動した。
姉がすぐにニ人分のコーヒーを入れて届けてくれたので、ニ人でそのコーヒーを一口飲むと、そこでりさセンが言葉を発した。
「ありがとう新君、急な訪問なのに時間を取ってくれて」
「いや、それは全然...でもなんですか急に話って。今日学校でも顔を合わせたからそのときでも良かったんじゃ...」
「うぅーん、学校じゃ話せないことなのよ。私にとっても、新君にとっても...ね」
そう言うとりさセンは次の瞬間、驚くべき言葉を口にした。
「あなた…E-PSIerね?」
「!------っ」 俺は、突然のことで動揺を隠せなかった。
「私のこのブレスレットなんだけどね。いつも着けてるんだけど、今日はこの珠の色が違うの」
りさセンが毎日着けているというブレスレットは、リング状の数珠のようなデザインで、ほとんどの珠が白く輝いているが、一つだけ、青く輝く珠がある。
「これ、普段はピンク色なのよ。いつ色が変わるかっていうと------」
「E-PSIerの出す信号に接近したとき」
------俺はまたしても驚愕の色を表情に浮かべた。
「あなたと今朝廊下で会話をしたとき、驚いたわ。急にこの石が青くなったの」
俺は、まさかそんなセンサーのようなものが存在し、それも自分の学校の教師が身に着けているほどに普及してるなどとは、全く考えていなかった。
「その顔は、当たりのようね」
…隠し通そうと思えば、何か手はあったのかもしれない。しかし、俺は姉と同じように、この目の前にいる教師------りさセンを信頼している。教師としてだけではなく、一人の人間として。だからこそ、この人になら打ち明けてもいいと感じた。
「...はい。俺はE-PSIerです」
「やっぱり...ということは先週、黒咲さんが行方不明になってすぐに発見されたあの一件も...無関係じゃないのかしら?警察や黒咲さんの家族からは単なる家出だって聞いたけれど…」
亜矢の誘拐事件のとき学校に情報提供依頼はあったようだが、事件解決後、公にしたくないとの意向で"亜矢の家出"ということで学校には報告したらしい。
真実を伝えていいものか...いや、俺がりさセンを信頼していることと、亜矢がりさセンを信頼できるかどうかは別問題だ。
「...いえ、それは無関係です」
「そう...まあいいわ。別にあなたがE-PSIerであることを責めてるわけじゃないのよ?もっと楽にして話しましょうよ」
「はい...」
「恐らくだけど、もう何かしらの組織からの勧誘があったんじゃない?」
------! 何故、りさセンはそこまで的確に事実を...
「E-PSIに目覚めると、必ずE-PSIerには特有の信号発信機能が備わるの。それは、訓練次第でテレパシーのように使えたり、互いの位置を特定したりできるすごく便利なチカラなんだけどね。最初のうちはうまく制御できなくて、垂れ流しの状態なの」
俺にとっては身に覚えのある話だ。そのせいで、誘拐犯に俺の存在を特定され、今回もりさセンにE-PSIerであることがバレたのだから------
「ちなみに、信号の受信はもっと難しくて、発信よりも訓練が要るわ」
「E-PSIerのチカラの有用性は、既に世界で相当認識されているの。そのチカラを利用することで大きなことを成し遂げようと考える人間も多く現れているのよ」
俺は、今のりさセンの発言が、ある一つの可能性を示唆していることに気がついた。
「もしかして...E-PSIerで構成される組織は、俺を狙ってきた組織だけじゃない...?」
「その通りよ。大小様々なE-PSIerによる組織...それが世界中で乱立していて、大きなところには大抵、新しいE-PSIerの発現を監視している部隊がいるわ。新君、あなたの身体の様子を見るに、悪の思想を持つほうの組織からの勧誘があったと思うのだけど。どうかしら?」
「そうです...俺を狙ってきた奴は、E-PSIerの勧誘と交渉と...抹殺がミッションだって言ってた...」
「やっぱり...組織同士は基本的に対立していて、もし自分の組織に勧誘して失敗したら他の組織に取られる前に抹殺しようとする過激な連中もいるの」
「それでも、新君。あなたは”まだ”運がいい方かもしれないわ。対象を問答無用で監禁するようなチカラを持ったE-PSIerを擁する組織に狙われていたら、勧誘も交渉もすっ飛ばして即捕獲されてしまうから...」
「そんなチカラを持つやつが...そしてこの先も、それが起きない保証は無い...」
「そうね。でも…勧誘に失敗したら抹殺しようと企んでいた相手を、あなたは退けたから今ここにいるのよね?ということは、あなたのE-PSIは、お役立ちタイプのチカラというよりは…」
「詳しくは、この場では言えませんけど...戦闘に特化したチカラです」
「やっぱり...戦闘タイプはどの組織も最も欲しがっているE-PSIerだわ。それだけ組織同士の争いは絶えないの...」
ここで俺は、この会話の中で産まれた大きな疑問を、りさセンにぶつけることにした。
「あの、りさセン先生は...E-PSIerなんですか?」
その言葉を聞いたりさセンは優しく微笑む。
「そうだといいんだけどね、残念。私にE-PSIは無いわ」
「だったらなんで...こんなにE-PSIerやその組織に詳しいんですか?そのブレスレットも。なぜE-PSIerじゃない先生が、そんな不思議な道具を持っているんですか」
「その答えを知りたかったら、あなたに来てほしいところがあるの」
そう言ったりさセンは、小さなメモを俺に手渡した。そこには、住所と何やら数字の羅列のようなものが書かれていた。
「これは...」
「明日、その住所の場所に来てもらえるかしら?扉のところにあるタッチパネルでそのパスを打ち込めば、中に入れるわ。あとは受付であなたの名前を言ってちょうだい」
この場で答えを知りたいのは山々だったが今はりさセンに従おうと考え、俺は首肯しりさセンと部屋を出た。
「あらもういいの?りさセン、新のやつ失礼なこと言ったりしなかったー?」
リビングでくつろいでいた姉が、俺たちに声をかける。
「ありがとう、みゆちゃん。っていうか、新君より去年のあなたの方がよっぽど失礼なこと言ってた気がするけど?」
「あーりさセンまだ根に持ってるのー」
2人はアハハと笑いあっている。一体当時何があったかは知る由もない。
「じゃありさセン先生、また...」
「ええ。よろしくね、新君」
そう言ってりさセンは俺の家を後にした-----
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