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【第3話 alias 爆誕】

斬撃の特性を持つ突風で、俺を背後から切り裂いた誘拐犯は相も変わらずヘラヘラとした口調で言葉を発した。

「逃がさないわよ~?あなた、本体なんだから♪」

「なんだ…この風は…」------俺は痛みに耐えながら尚も亜矢をかばい続ける。

この風がもし亜矢を襲えば…気絶している亜矢は手に負えないケガを負ってしまうかもしれない…

「私のE-PSIはねぇ、空間丸ごと支配するの♪……オマエが言った"この程度"のセリフ、後悔させてアゲルわ!!」

「オマエって僕のこと?」------この分身の質問に応答するかのごとく、倉庫全体に刃の混じる風が吹き荒れた。

俺はなんとか亜矢を抱えて物陰に退避したが、分身は一歩も動かない。

「おい!逃げないと切り刻まれるぞ!」

「アッハ♪逃がさないわよ~?」

誘拐犯の奇妙な動きと、風の流れが連動している。そして次第に風一箇所に集中させ、分身に向け放つ。

しかし分身は、一歩も動かずにいることで集中力を高め、風の流れを見ていた。

シャッ------

風をギリギリまで引き寄せ、回避する。

すぐさま、次の風が分身を襲う。

その繰り返し-------もしも、このラリーが続けば…体力を消耗する分身よりも、遠隔で風を操る誘拐犯が有利だ。

いずれ致命的な斬撃をくらってしまうだろう。

俺は、先ほどの情動的行動を反省し、この状況を打破する方法を冷静に思考する。

「ちっ」

ザンッ-------

ついに誘拐犯の操る風の刃が、分身の足に命中した。

「アハッ♪さぁさぁ足一本おじゃんかしらぁー?いつまでそのちょこざいな動きが持つかしらねぇ♪♪」

分身はなおも回避行動を続け、反撃の機会を窺っている。

しかし、いかんせんこの風は誘拐犯の意思で空間を縦横無尽に飛び回っている。

分身が緩急をつけて回避行動をとっているため命中率は低いが、攻撃にも転じられない。

なぜなら誘拐犯にとって、もし自分に向かってくる者ならばその動線を完全に予測できるからだ。分身は"恰好の的”となってしまう。

「空間を刃で支配する...そんな強力な能力…必ず何か…」

刹那-------

分身のもう片方の足に、風の刃が命中してしまった。明らかに分身の動きが遅くなる。

「しょーがない…試すかな…」-------ボソリと口にした分身の言葉は俺の耳には届かず、逆に俺は倉庫全体に響き渡る大声で叫んだ。

「…まっすぐ、奴に向かって走れ!!」

それを聞いた分身は驚いたようにこちらを一瞥したが、すぐさま行動を起こした。

俺の作戦を実行に移したのだ。俺と分身には《意思のリンク》がある、きっかけさえ与えれば作戦の全貌を伝える自信はあった。

と同時に、俺も走り出す。

「!! なんてこと!」

遅れて誘拐犯が、俺と分身がやろうとしていることを悟る。

だが今、誘拐犯は分身を攻撃しなければならない。何故なら、分身は猛然と誘拐犯の方に向けて走り出しているからだ。

しかし、本体である俺を放置することも出来ないのはわかっていた。

誘拐犯にとって、この状況は挟み撃ちと同じ。

どちらか一方に対応していたらもう片方を放置することになり、やられる。

なぜ誘拐犯は自身のミッションにこの倉庫を使用することを選んだか。

その切り口から、答えは紡ぎ出せた。

ヤツの超能力、空間を風の刃で支配するチカラは《閉ざされた空間》でしか使えないのだ。

倉庫に訪れた俺たちが扉を開放したままにしたとしても自動的に閉まる仕組みがあり、なおかつ、割れてしまう危険性がある "窓" が一つもない…この倉庫のような場所でしか。

俺は倉庫の扉に辿り着くと、思い切り力を込めて開放した。

すると------

倉庫の中に充満していた風の刃が、勢いよく扉の外へ向かい吹き荒れた。俺は扉の影に身を隠しやり過ごす。

やはり…俺の考えは間違っていなかった。

これで空間を支配していた風の刃は消え去り、分身に反撃のチャンスが訪れる。

しかし、まだ懸念が完全に消えたわけではない。

誘拐犯にはもう一つ。先ほど自身の長髪を刃に変化させて攻撃した力がある。

果たしてそれも閉ざされた空間限定なのだろうか...分身は先ほど、そのチカラを使う誘拐犯を接近戦で圧倒したとはいえ、今の負傷した足で同じ結果を出せるかは…

未知数としか言いようがない。

「フフ...それで勝ったつもり~?♪」

誘拐犯の長髪が、またも不気味な光沢を帯び、縦横無尽に広がった。

「くそっ、あの攻撃は開かれた空間でも使えるのか!」------俺の懸念が現実になる。

それも、最初の攻撃のときよりも刃の光沢が増している。恐らく、最後の接近戦と見てより鋭利な刃物に変化させたのだろう。

攻撃を仕掛けようと飛びかかる分身に、その刃は容赦なく切りかかる。

「同じ手は二回くらわないよ。おバカさん」

「「なっ------」」

不本意にも、俺と誘拐犯は同じ反応を声に出す。

分身は、飛び蹴りを放つために取ったでであろう上空での姿勢を翻し、着地し地面にしゃがみ込んだ。

誘拐犯の髪はそのスピードに対応出来ず、なおも上空めがけ斬撃を繰り出し、文字通り 空 を 切 っ た 。

そして分身は、手を地面についたまま誘拐犯の顎をめがけて蹴りを放つ。

顎を蹴り上げられ、宙を舞う誘拐犯。

急所にクリーンヒットした一撃。勝負はついたかに見えた。

しかしここで攻撃の手を緩められることはなかった。

付近に落ちていた金属パイプ---最初の攻撃で使用したものだ---を拾い上げ、宙を舞う誘拐犯をめった打ちにする。

ドガガガガガガガッ------

連続した鈍い音が倉庫内に響き渡る。

誘拐犯はそのまま落下し、白目を剥いて気を失った。

------

「ふぅ、なんとか勝てたね。ありがとう、助けてくれて」

「いや、俺はほとんど隠れてただけだからな。ところでコイツ...」

「大丈夫、殺しちゃいないよ。色々尋ねないといけないこともあるしね」

「そ、そうか」

突如、誘拐犯の体が赤い光を帯び始めた。

「・・・・・ッ」同時に分身が、小さく声を上げる。

まるで鮮血の様なその光は、誘拐犯を包み込みながらその光量を増していく。

そして誘拐犯は、赤い煙となり、消えた。

「ど、どういうことだ?いま...何が起きたんだ?」

「また信号でメッセージがとんできたよ。今度は別の能力者からね。 "ウチの下っ端なんぞを送り込んで失礼をした。次は相応の刺客を用意し、なんとしてもお前達を手に入れる" ってさ」

「・・・・・くそっ…ヤツの言ってた組織の上の野郎か…今赤い光に包まれて消えたのも、そいつの能力だろうな」

「そういうことだね。まぁまずは、亜矢さんを家族の元へ返そう」

「そ、そうだな。茂さんに連絡するよ」

------

「------あれ?」

「! 良かった。目が覚めたか、亜矢」

「新...私どうしてこんなところに…あっ」

亜矢は目を覚ましたが、まだ記憶が錯綜しているのかもしれない。

「安心しろ亜矢。これから、亜矢の家族と警察がここに来る」

「新...ねぇあなたケガしてるじゃない!」

「あ、あぁーちょっとな」

「ちょっとじゃないわよ!どうゆうこと?説明しなさいよ!新...」

そう言って亜矢は俺の胸に顔をうずめて泣き始めた。

ひとしきり泣いたあと、亜矢は言葉を発した。

「新が助けてくれたのね?」

俺は肯定も否定もしなかった。

「新...」

「亜矢...」

俺は、強く亜矢の手をにぎった。亜矢も強く握り返してくる。

俺たちは手を握ったまま無言で、亜矢の家族と警察が来るのを待った。

------

その夜。

けがの手当てのために市の総合病院に搬送された俺は、訪れた亜矢の家族に、いたく感謝された。

が、警察には情報を根掘り葉掘り聞かれた---わざわざ個室病棟に移動してまで---。

超能力に目覚めたなどという現実離れした事実を、警察といえど他人に知られるのはあまりいい気がしなかったが、警察内でも、いや、政府に至るまでが巷に現れ出した超能力者に手を焼いているらしく、"またか..."といった様子だった。

だが、政府・警察はこの超能力の存在を公にすることは忌避しているらしい。

俺にも、自分の力について他言するのは控えるように、との注意喚起があった。

------

「はー、ようやく一人になれた...」

俺の家族、亜矢の家族、警察、全ての人間が病院から立ち去ったときには、もう二十三時を回っていた。

亜矢は...今日はケガをした俺のそばにいたいと言い張り、両家の家族もそれを承諾したのだが、俺が諭して家に帰らせた。

茂さんは、愛娘を幼馴染とはいえ男のもとで一晩明かさせることに抵抗があるはずだし、まだ組織が俺を狙ってる以上、亜矢には大勢の家族と共に過ごしていてもらったほうが---亜矢は五人兄妹の末っ子なのだ---安心と考えたからだ。

亜矢は少し寂しそうな顔をしたが「明日、また来るわ」と言って了承してくれた。

病室に訪れた静寂…そのまま、俺は眠りについた。

------

「おはよう」

まどろみの中でその言葉を聞き、俺は目を覚ました。

「わり…寝ちまった」

「いいんだ、キミの方がたくさん傷を負っているからね」 

分身は涼しい顔をして、ベッドの横にいた。

「でも、こんな事件はもう起こしたくないだろ?少しでも早く、これからのことを…」

「あぁ...」

「まぁひとまず、お疲れ様」

「いや、ほとんどお前のおかげだよ。ありがとう。俺の分身のはずなのに、あんなに戦えるなんてな」

「ふふっ、感謝の言葉なら散々聞いたよ。意思のリンクを通してね」

「ま、まじかよ、照れるだろ」

「キミの超能力、いや、誘拐犯も警察も《 E-PSI ---イー・サイ--- 》と呼ぶこのチカラ...僕だって産まれたばかりで詳しくはわからない。------と言っても、なぜか最初からわかっていることもあるんだけど...とにかく、このE-PSIに目覚める人はこの先、増え続けるだろうね」

「そうだな...現時点でも政府が把握してるだけで、日本に四千人もの《 E-PSIer ---イーサイアー--- 》---E-PSIを使う人間をこう呼ぶらしい---がいると言ってたしな...」

「しかもE-PSIer同士は信号によって意思疎通ができる。これは一方が未熟だと、熟練のE-PSIerに盗聴される。無意識に出てしまって居場所を特定されたりもする。当然、今日みたいな奴はまた現れるだろう。そんな奴らに対抗するには...」

「…毎回、戦うしか方法はないのか...」

「そうなる、だろうね」

俺と分身の間に沈黙が訪れる。

「キミの困惑は伝わるよ。僕に初めて会ったときより、もっとね」

「いくらお前が強いからと言って、いつも今日みたいに戦闘を任せて物陰に隠れてるわけにはいかない...だけど、俺の存在が足手まといになる場面の方が多いんじゃないかと思えて..」

「キミにはキミの強さがある」

分身は強い口調でそう言い放つ。

「…僕の役目は、キミに足りない部分を補うことさ。どの道、この先E-PSIerの悪意に対抗するための戦闘は必須になってくる。べつにキミがE-PSIer になったことと無関係に、そんな世の中になるだろう…そこでキミが戦えないのなら------」

「僕が最前線に立つ」

…強い光を宿した目で、まっすぐにこちらを見据えた分身の言葉-------

それを聞いて俺は、目に熱いものが滲むのを感じた。

E-PSIという謎の超能力による分身の出現、亜矢の誘拐、誘拐犯との戦い…突然起こった、怒涛の非現実的なできことを経てわかった俺の「弱さ」。

今まで必要とされてきた様々な能力よりも、もっともっと原始的な "力" が、俺には無い。

しかしそれは、E-PSIの出現によってこの先、無くてはならないものとなる。

太古の弱肉強食の世が再現されたとき、分身の力は生き抜く上で最も重要になるだろう-----

「ありがとう…お前が現れてから、不思議なことばかりだけど...でも、心地よかった。俺もお前に報いるために動くと、約束する」

世界中に現れだした謎のチカラ《 E-PSI 》------それがこれからどのように世界を変貌させるのか。

俺は自身のE-PSIに「 Double ---ダブル--- 」、分身に「 alias ---エイリアス--- 」の名を与えた。

aliasの存在に恥じぬ、そして必要とされる《本体》になるため、俺は俺なりの「強さ」を求め、この世界を生き抜くと決意した。

v.1.0

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