【第14話 天使達の会合】
-------ザワザワ
巨大交差点を縦横そして斜めに交差した白線の上を行き交う人々を横目に、亡き飼い主を十年待ちつづけたという犬をモチーフにした銅像の下で、私は人を待っていた。
世界でも有数の、高い人口密度を誇る街。
渋谷-------
私はよく、ここを待ち合わせに使う。
そう、大切な人と将来を約束したあの日も、ここで雪の中待っていた彼に傘を…
不意にその日の思い出がよみがえり、顔が熱くなる。
ぶんぶんっと頭を振り、正面を向くと、人混みの中から現れた一際目立つ容姿を持った女の子と目が合った。
「亜矢ちゃん!」
天使のような美貌と声を持つその娘は、私の名を呼び小走りで駆け寄ってくる。
「クロエ!」
「ごめんね、遅くなっちゃって…すごく待ったでしょ…?」
「そんなことないわよ、クロエ。私も今来たところ」
「あ、亜矢ちゃんイケメン男子みたい!」
「ちょっと、男子はやめてよねー」
「エヘヘ、亜矢ちゃんは私にとってヒーローみたいな人だからなぁ。男の子もありかも」
私達は、アハハと笑い合う。
愛くるしい美貌と、その容姿と全くギャップの無い愛嬌を併せ持つこの少女の名は、瀧本 クロエ。
昨年のクリスマス・イブに、とあるきっかけで出会った女の子だ。
初対面でいたく気に入られそれから連絡を取り合うようになり、今では頻繁に遊びに行く仲になった。
最初こそマシンガントークの娘という印象だったけれど、とにかく人懐っこく甘え上手な性格で、世話焼きな私とはとてもウマがあう。
…もう一つ付け加えるとすれば彼女は、とても不思議なチカラを持っている。
E-PSIと呼ばれる謎の超能力。
どんな能力かは人により千差万別らしいのだけれど…
クロエが持つのは、大規模な停電を引き起こす《 RangeBlackout 》。
私と出会ったのも、彼女がいたずらで使用したその能力がきっかけだった。
もちろん、街を停電させて多くの人に迷惑をかけたのは誉められないことだけど、あれ以来 RangeBlackout を使ったことは無いというし、積極的に人に危害を加えようとする娘じゃないのは交流を続ける中でわかったので、この話題には触れないようにしている。
今日はクロエは美術館に行く約束をしていた。
ただいつも、約束した場所よりもその後のカフェする女子トークのほうが長い時間になってしまうんだけど------
「ねー亜矢ちゃん、今日も描いてほしいな!」
そう言うとクロエはキラキラとした上目遣いで私に懇願の意を表明する。
この可愛さを見て、頼みを断る者はいない。
何をおねがいしてるかというと-------
「もー、しょうがないわね。いいわよ。っていうか、その位置取り…ハチ公とのツーショットでいいのかしら?」
「うん!この子カワイイから!ありがとう亜矢ちゃん」
そう言うとクロエは銅像に抱きつくフリをしながら、片足をピョコッと膝から曲げて上げるポーズをとり、こちらを向きニッコリと笑った。
私はカバンから、黄色と黒を基調とした表紙のスケッチブックと、重厚なその造りと裏腹にどぎついピンク一色で塗られたペンケースをとり出す。
そう。
クロエは写真を撮る感覚で、私にスケッチをおねがいする。これが二人のやりとりの定番となっていた。
…とは言え、私とツーショットのときはカメラで撮るけど-------
「できたわ」
気付かぬうちに周囲に小さな人だかりができていて、オォーという歓声が上がる。さすがに渋谷の駅前では目立ちすぎたかしら…
ただ、私はペンの速さには絶対的な自信がある。
これくらいの構図ならあっという間に描ききってしまえるので、あまり大きな注目は浴びないのが救い-------
「わぁ、カワイイ!嬉しい亜矢ちゃん、ありがとう。…大好き!」
「あ、あら。モデルがいいと描くのも楽よ」
クロエの無邪気さにドキッとしながら、私はお姉さんらしく振る舞う。
「亜矢ちゃん、顔赤い-------」
-------
亜矢とクロエは、毎週のように顔を合わせるようになっていた。
亜矢は五人兄妹の末っ子、クロエは一人っ子というそれぞれの家庭環境だが、二人でいるときは亜矢が姉でクロエが妹のような間柄が定着している。
本来の家族とはちがう役回りだが、きっとこれが二人の本来の姿なのだろうと思えるほどに相性が良い…。
ある日、クロエから亜矢に一通のメッセージが届いた。
《亜矢ちゃん、明日 トビオカ 行かない?》
「あら、いいわね」
亜矢はすぐに了承の意を返信する。
-------トビオカというのは、東京都心から横浜を経由して電車を乗り継ぎ、一時間ほど南下した地域にある「飛翔の丘」という観光名所の俗称だ。
飛翔の丘の特徴は、小高い丘の上から日本有数の美しい景色を一望できることである。
そのために麓から頂上まで、少しばかり登山のような移動をするのだが、この道中や頂上の広場には桜の木が植えてある。
季節は三月-------寒さは多少残るがそろそろ桜が咲き始めている頃だ。
クロエの地元である横浜で合流した二人は、胸を躍らせて電車に乗り込みいつもの調子でガールズトークに花を咲かせながら飛翔の丘を目指した。
ところが------
「亜矢ちゃーん足疲れたよー」
「もぅクロエったら。トビオカ行くのになんでスニーカーで来ないのよー」
飛翔の丘の麓から頂上までの道すがら、クロエは亜矢に甘えだす。亜矢は、いつもの調子で軽く叱る。
「ね、ちょっと休んでいかない?」
「まったくもぅ、三回目よ」
飛翔の丘には、麓から頂上まで等間隔でベンチが設置してある。二人はそこで、本日じつに三度目となる休憩を取る。
「亜矢ちゃん、ごめんね。靴…」
「いいのよ。私クロエのそのファッション、好きだし------」
「ほんと?嬉しい!」
こんな会話をしながら休憩し、二人は再出発して頂上を目指した。
ざっざっざっ…二人の足音が交錯する。いつの間にか亜矢はクロエの手を握り歩いている。
そして、最後の休憩から十分ほど歩くと、森林を抜け大きな広場に辿りついた。
木の葉に遮られ木漏れ日となっていた日の光が、一気に眼前の空間に差し込む。
「着いたーーー!」
「あ、待ちなさいよクロエー」
クロエが策で囲われた展望ポイントに向けて走りだす。亜矢も一拍遅れて駆け出した。
すぐに到達した展望ポイントで二人は、眼下に広がるその景色に目を奪われる。
「「すごい…」」
感嘆の声だけを漏らし、しばらく沈黙する二人。
永遠とも感じるその静止した時間の中で、次の言葉を発したのは亜矢だった。
「クロエ、少し待っててもらえる?この景色、描いておきたいわ」
そう言うと亜矢は背負っていたいたリュックから、おなじみのスケッチブックとペンケースをとり出す。
すると、クロエがおもむろに自身のバックを開ける。
中から取り出したのは…レジャーシートだ。
「きっと、トビオカ来たら亜矢ちゃんがこの景色を描いてくれると思った」
ニッコリ笑ってそう言うと、広場の草原にレジャーシートを敷く。
「クロエ…あなたってば自分の靴よりこっちの気を遣ってくれたの?」
「えへへ。私ね、亜矢ちゃんの絵がだーーーいすきなの」
亜矢は胸が締め付けられるような愛おしさを感じながら、クロエが敷いたレジャーシートに座ってスケッチを始めた。
隣で三角座りをしながら亜矢のスケッチの様子をニコニコと眺めるクロエ。
「------…よし!描けたわ。クロエ、どうかしら」
「亜矢ちゃん、これって…」
亜矢のスケッチブックには、飛翔の丘から見下ろした景色が描かれている…だけではなく、さらにその背後のアングルから見える景色。
スケッチをする亜矢とそれに寄り添うクロエの姿も描かれていた。
「ちょっとおかしな構図だったかしら…」
「ううん!私、嬉しい。亜矢ちゃんと二人で亜矢ちゃんの絵に描かれたかったから…」
そう言うとクロエは少し鼻を赤くして、目からは涙がこぼれ落ちる。
「クロエ…」
そんなクロエを見て、亜矢の目にも熱いものがこみ上げる。
…二人はその後、手を繋いで飛翔の丘からの風景を眺めた。はしゃぎ、感嘆の声をあげるクロエとそれを見て微笑む亜矢。
そして、景色に満足したところで帰路につく。
クロエは、帰り道では泣き言一つ言わず歩き切った。
------
「…亜矢ちゃん、私、パパとママにね。伝えようと思うの」
飛翔の丘から横浜へ戻り、いつものようにカフェで話をしていると、意を決した顔でクロエが口を開いた。
「ほんと?クロエ、大丈夫?」
亜矢は心配の意を表す。
------クロエの家は、超がつくほど裕福な家庭である。しかし、それを実現するためにクロエの父と母は、それぞれが運営するビジネスのために忙しく走り回りっており、家にはほとんどいなかった。
そのためにクロエは、幼少期からひとりぼっちの時間が長かったのだ。
家には複数のメイドが従事しており、そのような者たちと会話がないわけではないが、定期的に人員が入れ替わってしまうためにクロエが心を開くような関係を築けた者はいない。
今の裕福な生活は、父と母が仕事をしてるおかげで成り立っていることをクロエは理解している。
だからこそどんなに寂しくても、たまに合える父と母の前では笑顔で過ごした。
しかし、寂しさを隠して偽りの笑顔を作るたびに、クロエの心は弱っていった。
《------次は、いつ会えるの?》
…父といても母といても、常にそんなことが頭に浮かんでしまい、寂しさと不安で心から楽しめない自分が嫌だった。
クロエのE-PSIが開花したのは、両親からの愛と温もりを受け取る時間を渇望する心からである。
そしてそのE-PSIがきっかけで亜矢という心を開ける親友を得た。
亜矢と心の底から楽しんだり、一緒に泣いたりしたことで、クロエはもう自分の心に蓋をするのはやめようと決めたのだ。
「困らせちゃうよね…きっと」
「うーん、そうね…」
クロエは、自分の心を伝えると決めたことに迷いは無いが、それをどのように伝えるのが最も良いのかについては、未だ思い悩んでいた。
-----そのとき、亜矢が何か閃いたように手をパンっと合わせて口を開いた。
「そうゆう大事な話をするときは、プレセントよプレゼント!」
「へ…?」
亜矢は、自身の大事な決断を促されたとき---心はもともと決まってはいたが---現在も首元で変わらぬ光を湛えるアクセサリーをプレゼントされている。
その経験から、大切な話をするときはプレゼントを渡すのが効果的であると考えたわけだ。
一見ありきたりだがシンプルな真理かもしれない。
「そっか…うん、そうだね!それいいかも!パパとママにプレゼントを渡して、もっと一緒にいたいって言えば、きっと聞いてくれるよね!」
「そうよクロエ、やっぱり言葉だけより何かモノがあるといいと思うわ」
「あ、でも…」
ここでクロエが軽くうつむく。この計画に何か問題が発覚した様子だ。
「私、お小遣いはもらってるけど…それでプレゼント買うのってどうなのかなぁ。もともとパパとママのお金だし…」
「あー、なるほどね…できれば、クロエが自分で稼いだお金で買ったプレゼントのほうが喜ばれると思うわ」
「だよね!でも私、中学卒業したばかりだし…何かできることあるのかな…」
「クロエが進学するのってレイピア女学院よね、あそこって確か…」
「アルバイト禁止なの…」
------
「はぁー」
亜矢は自宅で食卓を囲んでいる最中も、日中にクロエと話したことについて悩み、ため息をついていた。
アルバイト禁止の女学院に入学が決まっているクロエが、自身でお金を稼ぐ手段は非常に限られる。
私自身はモノクロでの仕事からお金を得ているけれど、今は短期で依頼出来るような仕事は無いし…などと考えていると-----
「亜矢、ため息ついてるとこ悪いんだが」
亜矢の父、黒埼 茂が食卓の正面で言葉を発する。
「来週の土日、ちょっとお父さんの仕事を手伝ってくれないか?お兄ちゃんたちは皆仕事で忙しいようなんだ。お小遣いは弾むぞ。ふふん」
「もーぅ、最近多いわよお父さん。私だって暇じゃないんだから。お小遣いで人を釣ろうったって…」
------ここで亜矢の頭上には、往年の電球がピカーンと浮かんだ。
「ねぇその仕事ってもしかして、たまにお父さんがやってる-------」
「うむ」
亜矢は心のなかでガッツポーズを決める。
「いい人材を紹介してあげるわ。ふふん」
一週間後-------
「こんにちはー!瀧本 クロエと言います!よろしくお願いします!」
クロエの元気な声が、亜矢の自宅玄関で響き渡った-----
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