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浴場にもたれてふける #02千林大宮神徳温泉 「2021年、迷ったら金の十字架のネックレスで」

日常から少しだけはみ出せる唯一の場所、銭湯。
浴場を通して各々が社会と曖昧な関係となり、つかの間の極楽を得る。
公共空間でありながら、時間の流れは自分だけのもの。
裸一貫、ワンコインで、あなたとわたしの境目である湯へ目指す。

このシリーズは、とあるきっかけで関西の銭湯情報サイトを立ち上げてやろうと、半ば勢いで東京から大阪に旅立ち、未経験ながらwebディレクターに転職した私、タスクが、日常と非日常の「境目」、その象徴だと信じる銭湯を巡りながら、そこで見かけた風景や、誰かが発したささやかな言葉のような、明日には忘れてしまう小さな出来事を覗き見するエッセイです。

陽が明らかに長くなり、まだ夕日が眺められるのかと、退勤後の社屋の外階段でぼんやり弄ぶ時間が増える。直帰するにはまだ足りない気がするが、飲み場に繰り出すこともめっきりなくなってしまった。涼しいような、ぬるいような風に当てられ、私は家とは逆方向に歩を進めるのが常になった。ビルとビルの間の、Hzが少ない道を選ぶ。携帯からは小さく昨晩の深夜ラジオか、地方のお気に入りの音楽番組を鳴らす。マスクの下で口角を上げ、2時間も3時間も歩く。偶に、まばゆい光の飲食店。今日は若い兄ちゃんと姉ちゃんたちが堂々とナンパする立ち飲みバーをイヤフォン越しに見聞きした。平日からファッションを決め込み、きゅうきゅうに詰めて酒を飲んでいる。これが普通じゃないと思うのに1年もかかった、と思ったが、365回寝るだけでここまで考え方が変わってしまうのか。1年で365回も寝てるのか?徹夜したらもう少し減らないだろうか、ごく稀にその日が終わって欲しくない時もあるから、340回ぐらいだろう、いや休みの日は3度寝以上はするし、平日でもわざと早起きして、一旦寝をするから、400回ぐらい寝ている気もしてきた。1年で携帯のスヌーズ機能に396回激怒し、200回ぐらい君がいないとダメなんだとすがる。これがドメスティックバイオレンスか・・・。Siriが感情を持つ時代がきたら、真っ先に訴訟されるだろう。全国民に朝からキレられているのだから、ヒト対AIの歴史は、ここから始まるのかもしれない。

会議がひとまとまりしたところで、なぜか電車に乗っていた私は、次の駅で降りることにした。流石に帰らなければ、と適当な出口に着くと、どタイプな商店街が。エッ!エッ!ありがたいですねェ〜と独り言が漏れた。

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千林商店街。100年以上の歴史を持つ、大阪の代表的な商店街らしい。家と違う方角に向かったのだから、当然知っているはずもないのだけど、アーケードを潜っているだけで、地元に包み込まれたような気持ちになる。幼少期、絶対にここでキックボードを走らせていたはず。ただ、車輪がビカビカ光るキックボードは先日まで通勤で使っていた。せっかく原体験を思い起こしたのに、やってることは大して変わらないじゃないか。小学生の時分でもビカビカ車輪は避けていたのに。このままでは、1人前の飯を食う資格すらない。資格取得より先に、1人前も飯を食う胃の容量がなくなってしまった。

商店街の天井は曲線がメインの装飾、各店舗の看板も円形で統一されたデザイン。正直真新しさはないが、全体的に穏やかでやわらかい雰囲気を醸し出している。毎日通るにはちょうどいい塩梅。脇に1人分くらいの幅しかない私道が何本も通っており、また、アーケード自体もクネクネと入り組んでいて、街全体が迷路のような構造であった。何遍通っても新しい発見がありそうな、そそる商店街。時間的にお店は閉まっていたが、日中は楽しくて仕方ないだろう。イヤフォンをポケットに仕舞い、どこに行くまでもなく歩いていると、見つけた、「ゆ」のネオン。地元に根付いた銭湯があると確信していたが、ここまで綺麗に見つかるとは。駅からは15分ほど歩いただろうか、商店街の外れの、公共浴場に吸い込まれた。

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旅館のような外観。21世紀の公共浴場と銘打たれる「神徳温泉」で、春ならではの緩みを締めることにした。ロビーは広く、奥にカウンター型の食事処や飲食スペースがある。おつまみや飲み物も充実していて、1日を過ごしてもいいくらいだ。ここでリモートワークさせてもらえないだろうか、とはいえ今長時間滞在するのは、と思い、諦める。とにかく早く収まってくれと切に願いながら、券売機で購入したチケットを、番台でお風呂セットに交換してもらい、脱衣所に向かう。外観からして、相応の広さを想像していたが、中はこぢんまりしている。壁2面がロッカーで、反対側は大きな鏡台。昔ながらのマッサージ機も設置されていて、どことなく懐かしさがあったが、浴場に入った途端、そこは21世紀であった。

縦長の浴場の左手はジャグジー、寝風呂、電気風呂、超音波風呂、薬湯などなど、地続きの浴槽ながら多様な風呂を楽しめる。しかも、浴槽が1人分に区画されているところが多く、浅深もそれぞれ違う。深いところで110センチ。ちょっと入る前から楽しくて仕方がない。右手前は水風呂、スチームサウナ、20席弱だろうか、カランが並ぶ。中央の天井部は、アーチ梁のような石材に沿って、タイル画が装飾されている。美しい山々をバックに、大きな湖と城が描かれていて、それはそれはうっとりとするのだが、中学時代、どう頑張っても音楽と美術が2だった私には、これがどの場所なのか、えっ関西なら琵琶湖?城、彦根城…?と、初対面の滋賀県出身の人に対して誰もがテーマにしがちな、秘密のケンミンSHOWさながらの連想しかできなかった。風呂、第3の酒、プロ野球、にゃんこ大戦争、ツムツム、九種九牌、理由は未だに解明されないがブルーシートが敷かれた宴会場だけで学生時代を消化してしまった代償が顕著に現れる。

ふんふんと軽く内見をして、カランでルーティンをこなす。鏡も円形だ。街全体が曲線に司られている。いや、むしろ気が楽になるのだが、曲線が現代的、というこの感覚すらも懐かしいような、もうゼロ年代ではなくなってしまったのだなと、11年目で気付かされた。2021年である。いまだLINEで友達登録するのに手間取り、スタンプはどこで買ったらいいのか分からないのにだ。Shazamで音楽検索する時に、携帯を持った手を90度にし、上に向けながらわざわざスピーカーに近づけなくなったので、よしとする。誰もが得手不得手はある、適材適所だ、群雄割拠の戦国の世でもある。そういえば10年代はアイドル戦国時代であった。いつもどこかが戦国時代だ。そのうち教科書かなんかに近代、現代、戦国時代、戦国時代、戦国時代と書かれ、それら全てがシンギュラリティによって終末を迎え、AI一強時代がやってくるのだ。そしてAI同士の戦国時代がやってくる。戦いの歴史はまだ終わりそうにない。

また会議がひとまとまりしたところで、風呂へ。1人用の超音波風呂にすっぽり嵌まる。先に述べていたが、ここは110センチの深さがあり、立ったまま全身が温かい湯に包まれる。ボタンを押すとブワッと波が立ち、超音波を感じられる。通常のジャクジーよりも、泡が細かいような気がして、これがまた気持ちが良い。湯温は40℃くらいだろうか、まさに適温。そして、これも感覚だろうか、湯がとてもなめらかで、ちょうど正面を向くと、水質が書かれた看板に「軟水」との文字が。この浴場、全て軟水を使用しているようだ。水道水と違いは歴然で、肌の角質が綺麗に取れる。おかげで肌はツルツル、髪の毛は潤いを増し、出た後も長い時間身体中がポカポカで、睡眠の質が大幅にアップする。その日は眠りが深すぎて、スヌーズに全く気づかず、出社20分前に起床した。起こせやスヌーズと激怒した。起こしても起こさなくてもキレられる。無償の愛である。

薬湯、電気風呂と子どものように浴槽を行き来し、行き着いた先は座り風呂であった。ここもまた1人用スペースがあり、足を曲げて寄りかかる。正面にテレビ。最近話題の、有名脚本家のドラマを見る。渋い俳優とイケメン俳優と実力派お笑いトリオの1人が主演であった。聞き逃すのがもったいないお決まりの1人語り、些細な日常に対する皮肉。主人公を務める俳優の、パン祭りもじりでCMに入り、家で見直そうと浴槽を出る。

実はこの浴場、L型になっていて、奥に進むと、露天風呂、サウナ、冷風室、水風呂が現れる。進めば進むほど新たな発見があり、どこかに迷いこんだような気持ちになる。天井まで弧を描いたガラス張りの戸を開けると、そこには、日本庭園風の露天風呂。湯船に浸かると、ちょうどガラス越しに浴場内のタイル画が見える。隠れタイル画だ。中からは見えにくい位置に装飾されていて、露天風呂から見るように計算されている。今度はヨーロッパの風景なのか、山脈をバックに美しい川が流れていて、そこにポツンと西洋風の一軒家。ジャムおじさんの工場・・・?が最初の感想だった。アニメでパン工場が映る時の構図に似すぎている・・・。日本庭園を模した露天風呂、日本と西洋風のタイル画、元妻の家で元夫3人が一堂に会し、すき焼きを食べるドラマ、パン工場。脳内も迷い始めた。私はどこにいるのだろうか、ちらっと露天風呂の隣の植木を見る。植木の奥に、水槽を見つける。完全にパンクしてしまった。鯉が、「迷うだろう?難しいだろう?若者のすべてみたいな場所だろう?」と囁いてくる。風呂の種類に迷い、装飾に迷い、街全体に迷ったのだ。水質や設備が大変に整えられていて、気持ちがいいのがズルい。

東京時代、どうしてもこの街が好きになれなかった。道は複雑で、何遍乗り換えても、地下鉄の景色は真っ暗のまま。階段をどこまで降りれば移動できるのか、出口の多さに怯えて、どこから出るのが最適解なのか。人は人を見ておらず、誰かが癇癪を起こしてもお構いなし、無頓着、我関せず。街から街へ跨げば文化も違う。何もかもが十分にあるせいで、なにが正解なのか全く分からなかった。やっと好きになれたかもしれないと思った頃に、今度は気持ちが折れてしまった。全部を楽しもうとしたせいで、なに一つ、楽しめなかった。

モヤモヤを抱えたまま、気持ちを切り替えようと、サウナへ。温度は100℃程だろうか、いつもよりも熱く感じる。普段なら10分程入っているのに、4分弱で、出てしまった。水風呂、かなり冷たい。15℃のキツめの水温。浴場内には、2つ水風呂があって、温度を選べる。銭湯で水風呂を選べることなんて珍しく、エッすごい!楽しい!選択権があるだなんて!とワクワクするはずだのに、その「選択の権利」に落ち込んでしまっていた私には、どっちに入ればいいのか分からず、あえてキツい方を選んだ。深さもあって、そのまま沈み込んでしまいたくなった。外気浴を終え、自分を追い込むように1セット、もう1セットと繰り返す。入れば入るほど、全身の血が、足の裏に集中していった。

4回目だろうか、同じタイミングで地元民らしきいかつい若い兄ちゃん2人が入ってきた。少し気が弱そうなの若い男も1人。気が強い2人と、気が弱そうな1人と、気が弱くなっている1人の構図になる。いかつい2人が話す。

「巨人負けてるやん。」
「そうやな。」
「なんやねん、阪神強すぎておもんないわ、」

―試合の途中ですが、野球中継はまもなく終了いたします。

「はー!!!!????やれや!なんで止めんねん」

喋らないでくれ、と思う。マナー良くしてくれ、と思う。今の私には、何を聞いてもネガティブな思考しか生み出せない。せっかくの楽しい時間を、自分で壊しているのにも腹が立った。野球中継が終了し、CMに入る。

「この女優誰やっけ?」
「あー、しらん、アイドルかなんかやろ」
「あー、そんなんやったな。あれ、E-girlsってもうおらんの?」
「おるやろ。知らんけど。」
「ネックレス欲しいねん。」
「ネックレス?今俺してるのは?」
「あー、ええな、そう、金のやつ。金のネックレスが欲しいねん。」
「ドンキで買うたらええやん。金の。」
「ちゃうねん、金の十字架のネックレス、十字架がビカビカしてるやつ、デカくて。」
「ええな。」

2021年である。たくさんの情報が簡単に手に入り、日々トレンドは変わりゆく。だのに、そんなの買うのか、E-girlsは割と前に解散したのよ・・・。好きなら知っとけよ・・・。地元の人っぽいのに巨人ファンなんか・・・。そして気が弱そうな男は、動じずにテレビを見ながらニヤニヤと笑っている。訳の分からない3人を見るうちに、私は気付かされた。車輪がビカビカのキックボードはもう乗ってはいけないと思っていた。子どもっぽいから情けないと感じていた。たくさんの情報を常日頃から掴み、好きかどうかも分からないトレンドを追うことが大事だと思っていた。情報に飲み込まれながら、好きになりかけた街を去り、好きになれないと思う街にゆく。彼らは、私の東京での暮らしを全て否定してくれたのだ。今何歳だから、とか、今これが面白いから、とか全然必要ない。周りから古いね、まだ好きなのか?って言われても関係ない。自分が楽しいと思えるところに行って、自分が楽しいものを体験すればいいだけの話なのだ。たくさん情報があったら、選び放題。自分がいいと思うものを選ぶだけでいい。そして彼らは、私が思っていたのは全く別の意味の「我関せず」をやっているのだ。それからサウナの時間が10分に延びた。いや、10分でも4分でもなんでもいいと思えたのだ。好きな時に入って出ればいい。これほど気持ち良くなった銭湯は初めてかもしれない。

タイミング、みたいなことだと思うが、あの時、あの人がいれば、ああ思っておけば、もう少し頑張れたのかもしれないと後悔はするだろう。もっと早くあの3人に出会っていたら、もう少し違う人生を歩んでいたのかもしれない。いや、そんなこともなさそうだ。適当に暮らして、迷って、ブレブレでも好きなように生きればそれでいい。最適解を見つける必要はないと思う。迷ったら金の十字架のネックレスを買えばいいので。



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