そんなサメはいない
趣味は水族館。1年前の就職活動では必ずこう答えていた。奇を衒ったような趣味だが、嘘ではないし、この回答を考えついた時は至極真面目であった。
のちに友達に就活の話をしているときに趣味を聞かれたらこう答えていると話したところ面白がられ、そこで初めてこの回答がややトリッキーであると知った。
強いていえばベースとカメラも趣味だが、ベースは就活中の当時はほとんど弾いていなかったし、写真を撮るのは好きだったが、趣味というほど詳しくは語れなかった。(今思えば好きなら知識がなくてもそれが趣味で良い気もするが)
普通水族館に行くのなんて年に1回が良いとこらしいが、僕は当時ほぼ月イチペースで行っていたし、水族館目当てに静岡や茨城に日帰り一人旅に行ったこともある。
このようなことを述べると、面接官は大抵オススメの水族館は?と聞いてくる。
その時僕は大洗水族館(茨城)と答えていた。
もちろん嘘ではないが、都心からは遠く面接官は名前すら初めて聞くので、通ぶれる。
他では飼育があまりないサメとマンボウをウリにしている水族館なので、ちゃんとオススメできるポイントもある。最後に飼育法のウンチクなんかを言ってやれば、こいつは本当に水族館に行くのが趣味なんだなと納得させられ、趣味のくだりは終わる。
その後の本題はさておき、導入はチョロいもんだと思った。
事件が起きたのは4年生の4月末、某メーカーの一次面接でのことである。
その面接は面接官×3と学生×4の集団面接だった。面接とはいっても、所謂「面接とは思わずにざっくばらんに話を聞かせて(笑)」系の面接であり、実際和やかな雰囲気で会話が始まった。
いつも通り趣味の質問が来る。端から順に学生が答えていく。1番最後に僕が口を開く。もちろん答えは水族館、当然のようにオススメを尋ねられる。
完全にパターンに入った、決まっている。オススメは大洗水族k「あっ!大洗水族館って俺テレビで観たことある!逆さに泳ぐサメがいるところでしょ!?」
食い気味にリアクションを返してきたのは大柄で「お喋りなおっちゃん」といった印象の営業部次長だった。
大洗水族館を知っているのか。
人の話を最後まで聞け。
大洗、テレビに出てたのか。
不意の出来事に思わず言葉が詰まる。
それより、逆さに泳ぐサメ?
そんなサメ大洗にいた覚えがないし、聞いたこともない。
そもそも逆さにに泳ぐってなんだ。
真っ先に思い浮かんだのはサカサナマズというお腹を水面と平行にして文字通り逆さまになって泳ぐ小さなナマズだった。だが、サメとは似ても似つかない。
コバンザメのことか。お腹を上にしてくっつくこともあったかもしれない。
でもコバンザメの個性は逆さまになるとこじゃないだろ。
なんのことだ。
なんなんだ。
わずか3,4秒の沈黙の間に脳がフル回転する。
まさか趣味の質問で苦しめられる日が来ようとは。
「…逆さに泳ぐサメですか…?」
復唱することしか出来なかった。
「そうそう、前向きじゃなくて後ろに泳ぐサメ。いるでしょ?」
いない。
そもそもそれは逆さに泳ぐサメじゃなく後ろ向きに泳ぐサメじゃないか。
いや、どっちにしろサメは後ろには泳がない。
サメは前向きに泳ぐことでエラ呼吸をしているのだ。
やっぱりそんなサメいないぞ。
どう考えるべきか考えあぐねていると、次長がしびれを切らした。
「俺の方が詳しいじゃ〜ん(笑)」
完全に敗北した瞬間だった。
人は時に自分より知識のある者にではなく、無知な者の無知さに言い負かされることがある。
有識者、次長がなんのことを言っていたのか教えてください。