中島聡さんへの質問⑦「仮想通貨リブラ」の影響について(2019/09/24)
はじめに
中島聡さんの有料メルマガ『週間 Life is beautiful』の質問コーナーに筆者が投稿した質問文です。参考になった回答を共有します。
質問
仮想通貨「リブラ」の影響について
価格の乱高下が激しい既存の仮想通貨(ビットコイン等)は投機的な用途で使われることがほとんどでしたが、USドル、ユーロ、ポンド、円とその他の国債を裏付け資産としてもつ「バスケット通貨」の『リブラ』は、価格の乱高下が起こりにくく決済用途に適した仮想通貨になるのではないか、という期待があります。
その一方で、もしリブラが法定通貨に迫る勢いで市場に流通した場合、中央銀行の「金融政策」が効果を発揮できず、各国が自国の経済のかじ取りをできなくなる。従来の国家主導の通貨システムが維持できなくなる可能性があります。そのせいか、リブラの発表直後からG7がその存在を執拗なまでに警戒し、作業部会による報告書や、米上院銀行委員会の場で、Facebookに激しいけん制を行ってきました。
仮想通貨「リブラ」はこのまま日の目を見ることなく、頓挫するのでしょうか? 中島さんのリブラに対する見方を教えてください。
【リブラ発表から2ヶ月間の動き】
● 6月18日、Facebookがリブラプロジェクトに関する具体的な方針を公開
● 6月21日、G7の議長国であるフランスが、専門家によるリブラの作業部会を設置したと報じられる。
● 7月16日、リブラの事業責任者を務めるデビッド・マーカスが米上院銀行委員会に出席。G7が進めるルール整備に「協調して取り組む」と証言したうえで、「当局の懸念が十分に払拭されない限りリブラを発行しない」と述べる。
● 7月17日、G7はリブラへの規制などの対策を早急に取りまとめる必要があるとの認識で一致。
● 8月5日、イギリスの情報保護当局にあたる情報コミッショナー事務局が、欧米など6カ国の当局と連名でリブラのプライバシーの扱いに懸念を示す声明を発表。
● 8月20日、EUの欧州委員会が、独占禁止法に基づいてリブラの調査を開始したと報じられる。
(「熱風9月号 特集 マネーからデータへ」)
中島さんの回答
未来を予測するのは簡単ではありませんが、私に現時点で見えている情報だけから判断すると、「リブラ」は失敗すると思っています。
理由は二つあります。一つ目は、質問にも書かれている通り、こんな通過が万が一大量に流通してしまうと、各国の中央銀行の金融政策が効力を失うため、国が阻止にかかる可能性が高いからです。
さらに、仮想通貨一般に言えることですが、仮想通貨の売買で得たキャピタルゲイン、および、労働や商品の対価で得た仮想通貨に課税する仕組みがないため、そこも国や地方自治体との間に軋轢が生じます。
二つ目の理由は、Facebook の事業戦略自体の問題です。このメルマガでも書いているように、現在、フィンテックに関しては、中国では Alibaba と WeChat が素晴らしい戦略でシェアを中国の外にまで広げつつあります(これには米国政府はとても警戒しています)。米国では、既存のクレジットカード・ネットワークを活用した Apple Card が始まったばかりですが、Apple Card が台風の目になって「小売銀行革命」が起こると私は見ています。Stripe や Square も別の角度から急成長していますが、彼らも既存のクレジットカード・システムを上手に活用しています。日本は、せっかく Suica という素晴らしいものがあるにも関わらず、それを伸ばす代わりに Paypay のようなものが出てきて、市場が混乱しています。
そんな中で、Facebook がリブラのようなものを発行しても、消費者にとってそれが「なくてはならないもの」になるプロセスが私には今だに想像できません。個人間のお金のやりとりならば、すでに Paypal があるし、投機的なアセットとしては Bitcoin で十分です。これだけクレジットカードが普及した米国で、新たな通過とペイメント・システムを普及させるには莫大なコストがかかり、それを Facebook の株主が良しとするとは私には思えないのです。
Facebook の戦略は、Apple の Apple Pay、Apple Cash、Apple Card、Goldman Sachs とのパートナーシップ、という盤石の企業戦略と比べると、とても貧弱に見えます。
つまり、一言でまとめると、消費者や小売店にはリブラを導入する理解してもらえず、同時に、国からは警戒され・叩かれ、そのうち簡単には立ち上がらないリブラに投資し続けることに Facebook の株主たちがそれ以上の投資に反対されて潰れる、というシナリオが一番可能性が高いように思えます。
私が Zackerberg であれば、今からでも遅くないので、方針を変更して、まずはドルベースの個人間のペイメント・サービスをスタートして、市場全体を大きくしながらPayPal のシェアを削り取るところから始めると思います。個人間のペイメント・サービスには、まだまだ大きな伸び代があるので、Facebook が使いやすい「割り勘サービス」のようなものを提供すれば、あっという間に市場が何倍にもなると私は思います。