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老人と海から感じるもの
『老人と海』は、ヘミングウェイの長編小説を凝縮したエッセンスといえる作品。
『武器よさらば』や『誰がために鐘は鳴る』などの戦争文学は、複雑な人間関係のからみ合いの苦悩とともに、個人が巨大な力にどう立ち向かうかを書いてきました。
『老人と海』は、そのテーマを極限まで突き詰めて、漁師サンチャゴの闘いを厳しく描きます。
「戦場」はあらあらしい海に置き換えられ「人間対自然」の普遍的構図で、闘争そのものがくっきり見えやすくなっています。
サンチャゴがカジキを捉え、そして守る姿は、勝ち負けではなく戦ったことに価値があると訴えている。これでは綺麗事みたいですけど。この寓話は「敗北者の尊厳」をギリギリまで濾し取ったものです。
サメにたかられて食い荒らされて、カジキの血と肉を失うプロセスは、人生の喪失を意味してはいる。でも誇りを失わなず海岸にたどり着いて、ライオンの夢を見ながら眠る姿は喪失感以上の、身体の内部から輝くものを感じる。
この作品は、闘争の主体を一人に凝縮させた、血で血を洗う物語の果てだと心から思います。サンチャゴが守ったものは、それまでのヘミングウェイに登場した兵士や革命家が必死に守り抜いたあらゆるもの、つまり戦う魂の結晶。そういうものと考えています。