へちゃげたおっぱいと自尊心と夫
4年前、長女は1歳1ヶ月であっさりと卒乳した。
授乳が終わって、私は当たり前のようで知らなかった現実に直面することになる。
おっぱいの形がすっかり変わってしまったのだ。
妊娠中から授乳を経て乳首の色や形も大きく変わったけれど、そこはあまり気にならなかった。
それよりも土台というか、おっぱいそのものの形。出産前まではお椀のようにバランスよくふくらんでいたはずなのに、重力に逆らえず全体的に下がり、上側の半分がえぐれたようになってしまった。
ガガーーーーン……!!!
という効果音が頭の中に響いた。
「出産に伴う女性の体の変化」だと頭では理解していても心は付いていけず、着替えやお風呂の度に目にする”へちゃげたおっぱい”へのショックは、雪のように静かに積もっていくばかりだった。
妊娠前のブラジャーが着られなくなったことで悲しみはさらに加速した。卒乳後おっぱいのサイズが小さくなったので、かぱかぱすき間が空くようになったのだ。
そして決定的な出来事が起きた。
私はさらなるショックを避けるため、なるべく鏡で胸元を見ないように意識していた。だのにある日なぜか、お風呂に入っている最中に「鏡で見たらどんな感じなんだろ」という好奇心が湧いてきた。お風呂から上がった私は、洗面所の鏡で、改めて自分のおっぱいと対峙したんである。
ドギャーーーン…!!!
今度はそんな音だったかもしれない。
自尊心に雷が落ちてきて砕ける音。
ピシッ…ガラガラ…と割れていく。
私は元々の自分の胸の形を気に入っていた。
大きくはないけど、好きだった。
鏡に映っていた圧倒的な客観的事実。
私が好きだった胸は、無くなっちゃった。
形が、へちゃげてしもうた。
『へちゃげる』は広島弁で『つぶれる』に近いニュアンスの言葉。まさか自分の胸に使うことになろうとは思いもしなかった。
悲しくて悲しくて悲しかった。
それからぞわっと怖くもなった。
鏡でこんな風に見えるということは、夫の目にもこう見えているということ。私がへちゃげたおっぱいにショックを受けたように、夫も私の胸の変化にがっかりしているとしたら…。
怖い。立ち直れなくなりそう。
想像しただけで血管が沸き立つみたいに頭がぐわぐわした。
怖さをずっと抱えておくのは無理だった。
しばらく経った日の風呂上がり、ちょうど夫が洗面所にやってきたので、私はぽつりぽつりと胸の内を打ち明けた。
卒乳後、おっぱいの形が変わってしまってショックで悲しいこと。夫もがっかりしているんじゃないかと考えて怖くなること。
ひとしきり聞いていた夫。
ケロッと「あっ、そうだったの?」と言った。「気にしたことなかったわ~」とも。
いやいや、ええ!?
こんだけ変わってるんすよ!?気にしたことなかったって?そんなアホな!
夫の返答に面食らう私。
「え…っと、上半分とかえぐれたみたいになってるんだけど…」と返すと、「そお?」とこれまたさっぱりとした返事がきた。
夫「まぁ確かに変わったんやろうけどなぁ」
私「えと、うーん…前の私の胸と比べたりしないの?私は比べて悲しくなるんよ。正直…女性としての魅力が無くなっちゃったんじゃないかって思うんよ」
夫は笑って言った。
「ないない!何でもすぐ忘れるしなぁ。もりこの体は今の体やと思ってるから。それだけよ」
私がショック過ぎて受け入れたくなかったへちゃげたおっぱいを、一番身近で信頼を寄せている人がとっくに受け止めていたという事実は、私の心を軽くした。
「あなたそのものが好きだよ。大事だよ」と言ってもらったみたいだった。
割れた自尊心が元に戻っていた。
悲しみは全部消えたわけじゃないけど、消えなくてもいいやと思った。
「出産に伴う女性の体の変化」だからって無理やり自分を納得させなくていい、形が変わって悲しいなぁって時々思ってもいいんだ。そう思えた。
あれから時が経ち、もうすぐ3歳になる次女は絶賛授乳中。頻度は減っているのでおっぱいはだいぶふくらみを失いつつある。完全に卒乳したらどうなるんだろう。
でもひとまず卒乳したら、「がんばってくれてありがとうね」と、へちゃげたおっぱいを労おうと思う。