clubhouse 02.13 日本絵画史 後半へ
狩野永徳
(かのう えいとく、天文12年1月13日(1543年2月16日) - 天正18年9月14日(1590年10月12日)は、安土桃山時代の絵師
檜図屏風
長谷川等伯
(はせがわ とうはく、天文8年(1539年) - 慶長15年2月24日(1610年3月19日))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての絵師。狩野永徳、海北友松、雲谷等顔らと並び桃山時代を代表する画人である。
海北 友松(かいほう ゆうしょう)
天文2年(1533年) - 慶長20年6月2日(1615年6月27日))は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての絵師。海北派の始祖。浅井氏家臣・海北綱親の五男として生まれる(三男説もあり)
雲龍図部分 建仁寺蔵
琳派
俵屋 宗達
(たわらや そうたつ)は、江戸時代初期の画家16-17世紀
蓮池水禽図(京都国立博物館蔵)
尾形光琳
(おがた こうりん、万治元年〈1658年〉- 享保元年6月2日〈1716年7月20日〉)は、江戸時代の画家、工芸家。
『燕子花図』(根津美術館所蔵)
紅白梅図 MOA美術館
酒井抱一
(さかい ほういつ、 宝暦11年7月1日(1761年8月1日) - 文政11年11月29日(1829年1月4日))は、江戸時代後期の絵師、俳人。 江戸琳派の祖
四季花鳥図巻
しきかちょうずかん
鈴木其一
(すずき きいつ、男性、寛政7年(1795年) - 安政5年9月10日(1858年10月16日))は、江戸時代後期の絵師。江戸琳派の祖・酒井抱一の弟子
『夏秋渓流図』重要文化財 根津美術館蔵
『朝顔図屏風』左隻 メトロポリタン美術館蔵
江戸狩野
狩野探幽
慶長7年1月14日(1602年3月7日) - 延宝2年10月7日(1674年11月4日)[1])は、江戸時代初期の狩野派の絵師。狩野孝信の子。
四季花鳥図(雪中梅竹鳥図)名古屋城障壁画(上洛殿三之間)
京狩野
狩野山楽
永禄2年(1559年) - 寛永12年8月19日(1635年9月30日)
安土桃山時代から江戸時代初期の狩野派の絵師。狩野山雪の養父。
龍虎図屏風
牡丹図襖(大覚寺宸殿障壁画)
狩野山雪
天正18年(1590年) - 慶安4年3月12日(1651年5月1日))は、江戸時代初期の狩野派の絵師。京狩野の画人狩野山楽(光頼)の婿養子で後継者
雪汀水禽図 個人蔵
文人画 (南画)
与謝 蕪村
(與謝 蕪村、よさ ぶそん、享保元年(1716年) - 天明3年12月25日(1784年1月17日))は、江戸時代中期の日本の俳人、文人画(南画)家。
蕪村筆 俳画 自画賛(岩くらの狂女恋せよほととぎす)
『夜色楼台図』(国宝)
鳶鴉図(重要文化財) 紙本着色
池大雅
(いけの たいが、 享保8年5月4日(1723年6月6日) - 安永5年4月13日(1776年5月30日))は、日本の江戸時代の文人画家 (南画家[1])、書家
楼閣山水図 左隻
円山四条派
呉春(ごしゅん、 宝暦2年3月15日(1752年4月28日) - 文化8年7月17日(1811年9月4日))は江戸時代中期の絵師である。四条派の始祖。初期の画号・松村月渓
円山 応挙(まるやま おうきょ、旧字表記では圓山應擧、享保18年5月1日(1733年6月12日)- 寛政7年7月17日(1795年8月31日))は、江戸時代中期~後期の絵師
雪松図(国宝)三井記念美術館
藤花図(六曲一双の部分) 安永5年(1776年) 根津美術館
曾我 蕭白
(そが しょうはく、 享保15年(1730年) - 天明元年1月7日(1781年1月30日))は、江戸時代中期の絵師。高い水墨画の技術を誇る一方、観る者を驚かせる強烈な画風で奇想の絵師と評される。
葡萄栗鼠図
ぶどうりすず
伊藤 若冲
(いとう じゃくちゅう、1716年3月1日(正徳6年2月8日) - 1800年10月27日(寛政12年9月10日))は、江戸時代の画家
『動植綵絵』の内「群魚図」
『動植綵絵』の内「群鶏図」
『動植綵絵』の内「池辺群虫図」
象と鯨図屏風 MIHO MUSEUM 紙本墨画
長沢 芦雪
(ながさわ ろせつ、宝暦4年(1754年) - 寛政11年6月8日(1799年7月10日))は、江戸時代の絵師。円山応挙の高弟。長沢蘆雪、長澤蘆雪とも表記される。
錦江山無量寺障壁画 (和歌山県串本町、串本応挙芦雪館)のうち『虎図』
《白象黒牛図屏風》 江戸時代 個人蔵(エツコ&ジョー・プライスコレクション)
右隻
左隻
出典:Colbase
参考引用 Wikipedia
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