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勝原伸也ー立原位貫さんについて

今から約6年前、立原位貫さんの復刻を偶然手にした時の感銘が、自分の作るべき復刻の方向性を決定づけました。最近復刻した歌川国芳「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」は、立原さんの復刻を原画として使用していて、その際、これを機に立原さんについて書こうと思いました。(※この記事は、立原さんの復刻から自分が受けた影響について書いたものです。立原さん自身の活動や経歴についてはページ下のリンクを参照下さい。)

立原さんのことを初めて知ったのは、自分が木版画を始めて間もない、二十歳頃に出会った本がきっかけです。その時に、(その前からなんとなく思ってはいましたが、)江戸時代のオリジナル作品と現代の復刻版では、絵の具や紙といった素材が大きく違うということを知りました。そして復刻において、江戸時代のものを蘇らせるというのであれば、立原さんのされていたように、素材の再現にまでこだわっていくというのが、自分には自然な筋として感じられ、自分も行く行くはそういった、「素材の再現含めての復刻」がしたいと思いました。

但し、その当時の自分の関心や意識は、「どうすれば滑らかな線が彫れるか」とか、「どうすれば色ズレをせずに摺れるか」といった、技術的なことに集中していて、絵具や紙の再現といった所までは手が回りませんでした。また当時は興味の対象も、江戸の浮世絵だけでなく、日本の伝統木版画全般に向いていて、例えば千社札や新版画であったり、浮世絵にしてもポストカードのような縮小版版画にも心惹かれていて、必ずしも江戸時代の浮世絵の再現だけに専念してこだわりたい、という訳ではありませんでした。

その後上京し摺師として修業を始めて3年位経った頃、その頃は勉強のために、古書店などを渡り歩いて過去の復刻版を探しては見る、ということを集中的にしていましたが、あるお店で偶然立原さんの復刻作品を手にする機会がありました。その作品がこれです。

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歌川国芳「東都名所するがだひ」彫摺:立原位貫 1983年

実際にこの作品を直接手に持った時、古書店やミュージアムショップ、或いは普段仕事の中で接していた、それまで見ていた復刻版とは根本的に違うと感じました。そしてその印象の違いが、彫りや摺りの技術の違いというよりも、絵具や紙といった素材の違いから生じているということが、すぐに理解できました。彫りや摺りの技術が高い復刻版というのは、それまでも普通に見る機会はありましたが、そういったものには無かったリアルさを、その時の立原さんの作品からは感じました。それまでは「話の筋」として、言葉や理屈で理解していた素材の再現の必要性や重要性を、実際に作品を直接手に持ち、絵具の質感や紙の風合いを感じ取ったことによって、実感として理解する事が出来ました。素材の再現をしない限りは、いくら彫りや摺りの技術を追求しても、浮世絵を蘇らせることは出来ないと、その時強く感じました。

この時の感銘によって、自分が目指すべき・作るべき復刻版の指針は決まりました。そして浮世絵の復刻において、再現を追求するには、従来の版元さんの下請け仕事では無理で、また人に版木を彫ってもらったり、摺ってもらったりでも駄目で、「商品」作りではなくあくまで「作品」作りとして、自分のこだわりを詰め込んでいかないと、達成されないように思われました。

立原さんの作品を手にしてから凡そ半年後、シェアアトリエを借りて、仕事が終わってからは夜な夜そこで習作作りをするようになりました。

今からすると、立原さんの復刻の仕事は絵をより美しく、或いは魅力的に引き立てようとする意図や解釈が働き過ぎているように見受けられ、再現や復元とは少し違うように思っています。(ただし一般的に復刻において、そういったことは珍しいことではありません。)また立原さんは独学で制作を始めて1年半目位から、公式作品の販売を開始されています。その作品の全てが完成度が高いとは思いません。

しかしそれら全ての作品が、一人の人間が素人から始めて、独学で作ったものであるという事を思う時、立原さんの凄まじい才能と情熱を感じずにはいられません。自分は立原さんの作品にこれまで何度も励まされて来ました。

浮世絵の復刻のように、権威的に古くからの既存の中で成立していて、また細かい事もそうでないことも、端から見ている人には分からないような仕事は、作り手の年齢や肩書、或いは関係している組織や団体の名前、そういったことでしか判断出来ない人は多いですが、作品というのは、結局は(才能や努力含め)作り手の神経の問題なんだと、立原さんの作品を見ていて感じます。

特に江戸時代の浮世絵の絵具と紙の研究と使用に本格的に取り組んでこだわったという点で、立原さんの仕事は復刻版の歴史において特筆されるべきものがあると思います。それは版元・彫師・摺師による伝統木版画業界では嘘や欺瞞によって誤魔化されて来た分野だと思います。

立原位貫公式ホームページ

2009年、国立歴史民俗博物館及びNHKの依頼により行われた、歌川国芳「達男氣性競 金神長五郎」の復刻の様子



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