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旅の記憶

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#スキしてみて

祈り

目を閉じると、心に浮かぶ景色がある。 平成から令和へ。 時代が変わったまさにその日。 北海道の利尻島は、日本晴れだった。 霊峰「利尻富士」を眺めながら、島を一周し、 最後に辿り着いた場所が「姫沼」だった。 針葉樹が生い茂る森の中、 あゆみを進め、視界が開けた先に「姫沼」はある。 沼のほとりに踏み入ると、空気は凜と澄みわたり、風は止み、音は消えた。 水面(みなも)は、穏やかで、鏡のように美しい。 見上げれば、荘厳にそびえ、迫り来たる「利尻富士」。 眼下には

色節の島

人で賑わう5月のフェリー。 デッキの手すりにもたれ、清々しい海の風を頬で受ける。 海は凪。空も凪。 麗らかな日差しが水平線に降り注ぎ、光はさざなみに反射して無数に輝く。 浮き立つ気持ちと裏腹に、目指す島は、ゆっくりと近づいてくる。 新緑に萌える山は笑っていた。 乗客が皆、一斉に手を振る。 「ただいま」の人も、「おじゃまします」の人も。 手を振る先は、高らかに「大漁旗」を掲げた漁船の大集団。 島民総出の出迎えは、フェリーに併走する色鮮やかな漁船群。 風の光に

サンパウロの雨

ブラジルのサンパウロで泊まった安宿は、玄関の扉が二重になっていた。 普通の扉と、鉄格子の扉。 僕は鉄格子の扉の存在に、どこかこの街の治安の悪さを感じていた。 ***** 大学生のとき、南米を1人で旅した。 夜行バスの長距離移動を終え、サンパウロのこの宿に辿りついたときには、既に正午になっていた。 僕にあてがわれた部屋は、カーテンがボロボロの薄暗い簡素な小部屋だった。それでも値段を考えれば充分すぎた。 長旅の気だるさを拭おうと、シャワーを浴びた。僕はいつもそうする

チチカカ湖上でのハッピーバースデー

南米のアンデス山脈。ペルーとボリビアの国境にチチカカ湖はあります。 チチカカ湖は、標高3800mほどの高地にあります。つまり、そこは富士山の山頂よりも高い場所です。 そのせいか、空が近くて、とにかく青い。湖も穏やかで、とにかく青い。青、青、青。 遠くに見える山の緑と、アンデスの人々が住む家のレンガ色を除けば、とにかく青い絶景が、視界いっぱいに広がります。 ***** 僕は、小さな船に乗って、この青い湖を進んでいました。 目指すところは「太陽の島」。湖上に浮かぶ聖な