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お弟子さんへ。~稽古教室で大切にしていること~

僕の教室では、「茶道や華道を通じて、いまここを堪能し、楽しむこと」を何よりも大切にしています。

天才は努力する者に勝てず、努力する者は楽しむ者に勝てない

道という概念を提唱した中国の思想家、「孔子」の言葉


入門済のお弟子さん、もしくはこれから入門するお弟子さんに向けて、自分が稽古教室をする上で大事にしていることを書き綴ります。

🌿ありのままの自分でいること

まず、稽古場(茶室・和室)に入るとき、社会での肩書きや役割、レッテルを一度脇に置いて欲しいと思っています。普段生きていると、母親、父親、社長、部長、先生、などといった肩書きを背負って生きています。それがあるからこそ、社会とのつながりを感じられたり、自分の役割を見出せたりします。ただ、そればかりになってしまうと、自分とは何か?見失ってしまうことがあります。

はたまた、人は他人から言われてきたこと、例えば覚えが悪い、センスがない、綺麗だね、しっかりしているね、など様々な言葉で自分を定義づけしています。ですが、僕の稽古場ではそういったものは全て外し、何者でもないただの「自分」という姿で、入室して欲しいです。今の自分の心の赴くままに、決して無理なく。

好きなことは何ですか?どんなことに心が躍りますか?着飾らず、背伸びせず、まるで子どものように。


僕は、人種のるつぼと言われるニューヨークで1年留学をして、あらゆる人種のあらゆる人と共に生活していました。普通って何?とわからなくなるような状況で、無茶苦茶なこともたくさん経験しました。なので、大丈夫。どんなあなたでも受け入れる準備ができています。いつも何者かとして頑張ってますよねきっと。ここでは何者にもならなくて大丈夫です。


🌿肩の力を抜けていますか?

でもそうは言っても、初めは緊張すると思います。慣れないことを学んでいくので、不安なこともたくさんあると思います。

こんな服装で大丈夫かな、失礼がないかな、右手からだっけ、、色々と考えると思います。そんな初々しい気持ちはとても嬉しく思いますし、ずっと大切にして欲しいものの、「正しくやらなければ」「上手にしなければ」と思うと、かえって不自然になります。

大丈夫、これからできることを少しずつ増やしましょう。なので、お茶や花と向き合うときは、上手くやろうとせず、余計な力を抜いて、まずはその"一瞬"を感じてみてください。

例えば、茶室に入るとお香の香りがします。その香りを味わっていてください。その他にも、釜から立ち上る湯気、茶筌の音、花を手に取ったときの質感——まずはそうした小さな感覚に意識を向けることで、自然と手が動き、無理のない美しさが生まれます。そして、心の余裕ができ、肩の力が抜けてきます。少しずつ、少しずつできることを増やしていきましょう。

大丈夫、最初からできる人は1人もいません。僕も何度もお湯をこぼし、茶筌を倒し、花を折り、失敗してきました。焦らず、少しずつ。


🌿調身・調息・調心

でも、肩の力を抜くって、難しい…そう思ってしまう方におすすめなのが「調身」「調息」です。これは、品部さん(元建仁寺両側院の禅僧、現フリーランス禅僧)から教えてもらったもの。

まずは、身体を整えます。具体的には、姿勢を正します。そしてそこから、呼吸を整えます。茶道や華道では主に「丹田呼吸法」という呼吸法を用います。

具体的な方法は稽古でお伝えしますが、簡単に言うと、おへその下にある丹田に意識を集中させて行う呼吸法。正座をしながら骨盤を起こし、重心を低くします。その状態でフーッと息を身体の底へ沈めていくイメージ。

自分でコントロールできる「姿勢」と「呼吸」を整えることで次第に「心」が整っていきます。稽古場に着いたらお香の香りを嗅ぎながら、ぜひ調身・調息をやってみてください。

ついついコントロールできないことに意識を向けがちですが、コントロールできることを見つけ、そこに意識を注ぐこと、これがポイント。そうするとあら不思議、肩の力が抜けていくはず。


🌿自分で変えられるのもの

「コントロール」の話を少し深ぼってみます。生きる上で、変えられるものは「自分」と「今」だけ。
なんだか自己啓発系イケイケベンチャー企業のような考え方ですが、これこそが禅の精神だと解釈しています。意外と真理だと思っています。カナダの精神科医エリック・バーンという人の言葉でもあり、選択理論心理学に基づく考え方でもあります。

過去を悔やんでも、未来を憂いても、環境や他人を嘆いても、それで現実が変わることはありません。昨日の商談もっと上手くやれたな、明日の仕事の不安だな、上司とそりが合わないな、もっと実家が金持ちだったらな、最近パートナーとうまくいってないな、全部、過去・未来・環境・他人。

目の前の現実の捉え方と自分の行動を変えることで、結果として環境や他人が動くこともあるでしょう。けれど、それはあくまで「結果論」であり、最初から他人や環境を変えることを目的にしてしまうと、本質を見失います。

禅の言葉では「随処作主(ずいしょさしゅ)」。この言葉が近しいと思っています。どこへ行っても自分が主になって行動すべしという意味。環境を憂い、文句だけを言うのではなく、自分が主となり、行動してみる。僕の前職のリクルートでは「圧倒的当事者意識」という価値観を大切にしていましたが、これも近い気がしています。「お前はどうしたい?」と言う、あの合言葉です。

話が少しそれましたが、、稽古の中では失敗もたくさんすることでしょう。お点前を間違えた、花の茎を切りすぎた、後戻りできないこともあります。でも、そんな失敗を引きずっていても仕方ありません。今、できることに目を向けましょう。

かく言う僕もまだまだ未熟で、ついつい環境のせいにしてしまいそうになったり、周りの人を変えようと頑張ってみたりしてしまいます。でも結局一番早いのは自分が変わること。

ぜひ、飲食店でやってみてください。めっちゃ愛想の悪い店員さんがいたとします。そこで腹を立てるか?クレームを入れるか?それとも、逆にものすごく愛想よくその方に接してみるか?

驚くことに、愛想よく接していると店員さんも愛想よくしてくれる時が多々。他人は自分の写し鏡。変えるなら、まずは自分から。


🌿 「一行三昧」/今この瞬間を味わい尽くす

少しずつ稽古に慣れてきたら、もっともっといまここを大切にして、楽しんでください。「いまここ」を大切にすることは、茶道・華道に共通する大切な精神です。茶を点てる音、道具に触れる感触、花を生けるときの静けさ。それらをじっくり味わいながら、日常とは違う時間を過ごしてほしいと思います。

普段はどうしても、仕事の納期や今晩のご飯、将来の不安などどうしても少し先の未来のことを考えていたり、逆に昨日の後悔、楽しかった過去のことなどを考えてしまいがち。そうではなく、今この瞬間をただ味わう。いわゆるマインドフルネス、ゾーンに入る、無心などがこの状態に当てはまりますが、でもそれって案外難しいですよね。

まずは、自分の手元にある、目の前のものに心を込めること。お茶を点てること、花を生けること、日々の小さな所作ひとつひとつを丁寧にすること。稽古外でももちろん。朝起きたら生きていることに感謝しながら深呼吸、太陽を浴びる。ベッドメイキングする。人の目を見て挨拶する、食事中にスマホを触らず食をしっかりと味わう、寝る前に1日に感謝する。

そういった今目の前にあることにしっかりと向き合うこと。これらが積み重なっていくと自分自身のあり方や人生の道が変わっていくのだと思います。

技術を磨くことも大切ですが、まずは心から目の前の時間を楽しみ、心を込め、いまここを大切にしてほしいです。その習慣が稽古外の日常でも作れるとさらにいいなと思っています。

🌿半径5メートル以内の幸せに気づく

今ここに目を向けられるようになると、それはつまり五感で現実をしっかりと捉えられていることに気づきます。

私たちは日常生活の中で、意外と五感をフルに使う機会が少ないものです。しかし、茶室に入ると、その瞬間から五感すべてが研ぎ澄まされていきます。
お茶の香り、掛け軸の文字や茶碗の景色、道具に触れたときの温もりや質感、静寂の中に響く湯の音や茶筌の音、花の色や香り、その繊細な表情、鋏で花を切った時の音、水の冷たさ……すべてが「今、ここ」にあるものを感じ取る手がかりとなります。

普段だったら何も感じないかもしれませんが、ここではゆっくりと、しっかりと、心を傾けましょう。

五感が開かれると、日常のささやかな変化や美しさにも気づきやすくなります。たとえば、何もないと思っていた場所にふと漂う花の香り、冬から春に変わるときに吹く風、昨日と同じ景色に見えても、昨日とは違う光が差し込み、新しい草木の目が出ていること。

何も変わらないと思っていた一日一日が、実は新しい発見に満ちていることに気が付きます。毎日新しい良い日、いわゆる「日日是好日」に気づくことができます。

余談ですが、平井大さんの「slow & easy」という歌の中に好きな一節があります。「幸せは作るものではなく、気づくこと」。何か特別な出来事を待つのではなく、すでに身の回りにある幸せに気づける力を育てること。

幸せと言うと、どこか遠くにあるようなものに思いますが意外と半径5メートル以内にもたくさん見つけられるはず。それは、茶道や華道がもたらしてくれる大切な学びの大きなひとつだと思っています。
(ちなみに幸せの話に関しておすすめの本↓↓)

①精神科医が見つけた3つの幸福 最新科学から思考の人生をつくる方法

②日日是好日- 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ


🌿 全ての人生が素晴らしい

さて、いまここを五感で感じられるようになると、どんどん冒頭のありのままの状態に近づいていきます。
ただし、ありのままでいることは、「何もしないこと」とは違います。ただ受け身でいるのではなく、そこから自分なりの道を見つけていきましょう。人生は、決められた一つの道をみんなで競争して進むマラソンのようなものではなく、それぞれが自分の道を自分で見つけて拓いていくものだと思っています。他人と比べず、答えを求めず、過程そのものを楽しんでほしいと思っています。全ての人生が素晴らしい。

好きな価値観
https://youtu.be/RKHVFZAZv4g?si=IdUXZoJDKvOyZo_t


茶道だとお点前の型、華道だと生け方の型、それぞれ決まっていますが、それをどのように表現するのかは最終的にはある程度、お任せしています。また、型を極めた先にあるものは人それぞれ。仕事や生活に生かすもよし、師匠を目指すのもよし、ただ趣味として進むもよし。全ての選択が素晴らしい。

稽古の環境は全力で整えます。みなさんにとっての圧倒的な師匠でありたいとも思っています。でも、どこまで行っても「あなたはどうしたい?どうありたい?」と問います。その答えが「どうもしたくないし、どうもありたくない」でも構いません。これはあなたが始めた物語。あなたの人生の手綱は自分で握りましょう。

その道に 入らんと思う心こそ 我が身ながらの 師匠なりけれ

千利休さんの教えを和歌にした「利休百首」の第一歌

(何事でもその道に入りそれを学ぶにはまず志を立てねばならない。自発的に習ってみようと言う気持ちがあれば、その人自身の心の中にもう既に立派な師匠ができている。)

🌿 「守破離」型を通して自分を知る

稽古が進むにつれ、どんどんと型をお伝えしていきます。茶道や華道には「守破離(しゅはり)」という考え方があります。上記の話と少し矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、自分なりの道を見つけるために、まずは型を大切にしてほしいと思います。

  • 守(しゅ)—— まずは型を守る。基本を学び、繰り返し実践することで、無意識に身体が動くようになる。

  • 破(は)—— 型を破る。基礎を身につけた上で、自分なりの工夫や別解が見えてくる。

  • 離(り)—— 型から離れ、自分だけの道を生み出す。自分なりの美意識や感性を磨き、独自の表現を確立していく。

最初から「自分らしさ」を求めすぎると、本当の自分の力を知ることは難しいものです。まずは基本を大切にし、繰り返し手を動かす。その中で、自分にとっての答えや自分らしさが見えてくるはずです。


🌿時間が流れるスピードを変える

最後に。
現代はどんどん世の中の変化のスピードが速くなり、そして情報量も半端なく増えています。大量に情報が溢れる今、現代人が1日に触れる情報量は江戸時代の一年分、平安時代の一生分とも言われています。AI時代、今後もその流れは加速していくでしょう。世の中の流行も目まぐるしく変わっていきます。1ヶ月前の情報はもう古くなり、すぐに消える。早過ぎます。

一方、茶道の世界では、時間軸が全く異なります。例えば茶碗。10年前に作られたものは、つい最近のもの、50年前だとようやく味が出て、100年前のものになるとやっと価値が出てくるような世界です。また、400年前から続く技術を今でも使い続けていたり、茶筌なんて500年の歴史を持ち、その製法はほぼ変わっていません。

そんな大きな時間の流れの中に一足踏み入れると、自分の悩みが少し小さなものに見えてきたり、対局的で本質的な変わらない何か(いわゆるおもてなしの心や日本文化の美意識、人付き合いの上で大事なことなど)を感じ取れるようになります。

また、たった一服のお茶を何分もかけて点てていき、ゆっくりと味わいます。タイパで言うと最悪です。でもある種、そんな贅沢な時間を味わうことで、人にとって、自分にとって、「本当に豊かなことは何か」考え、感じる機会にもなります。

現代社会のスピードに疲れた時、茶道や華道の世界に浸ってみましょう。忙しくて時間がない時こそ、ゆっくりと時間をかけてお茶を点てる、花を生ける。その贅沢な時間の中で、自分にとって本当に大切なものが見えてくるかもしれません。

どうですか、今何を思い何を感じますか?
ご一緒に、長い長い道を探す旅へ出かけましょう!

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