脱ヒキニート体験記10 大願成就
「でも彼は無資格ですよ。事務で雇うんですか?」
主任ナースの言った言葉に事務長は「資格さえ取ってくれたら」という反応を見せた。
サポステの担当相談員も同席する場での出来事だ。言質はある。
資格さえ取れば雇ってもらえるんですね。
話が進むときはあっという間だ。
介護職員初任者研修。旧ヘルパー2級の取得に向けて学校を探した。
約一ヵ月間かけて15日間のスクーリングを修了する超特急コース。
週に3日は朝から夕方まで座学と実技。ヒキニートにはつらい強行軍だ。
でも働き始めたらこんなもんじゃないだろうことは想像に難くない。
私を雇いたいと言ってくれた事務長や主任と顔をつなぎ続けるため。
要するに「ここで働かせてください」とアピールするため。
何より、私のことを認知してくれたおばあさんに覚えていてもらうために。
週に1日は必ず件の老健に手弁当で通ってボランティアを続けた。
傾聴に体操。お茶くみに配膳と下膳。
利用者のみなさんとタオルをたたみ、空いている車椅子を見つけては空気を入れて回った。
そんな日々が三週間くらい続いた。もうすぐ初任者研修も終わると思っていた頃。
私のことを認知してくれた例のおばあさんが施設からいなくなっていた。
ボランティアでしかない私には、彼女が退所する予定があったことなど一切知らされていなかった。
挨拶ひとつできずにお別れで、たぶんこの先も会うことはなくて。
無資格未経験のヒキニートにできたことは、〝支援〟や〝ケア〟なんて呼べるようなものではなかったけれど。
あの方が安心して幸せに施設で過ごした一場面の登場人物として、私が存在することができたなら。
そう納得しながら、それでもやっぱりご挨拶したかったとこっそり泣いた。
ボランティアの帰り道はいつも多幸感にあふれていた。
人気のない地下鉄のホームで歌い出すほど毎日が楽しかった。
入所介護。通所介護。看護部。リハビリテーション部。営繕部。事務部。ドライバー。栄養部。
いろんなセクションの人が有機的に関わり合って会社は動いている。
制服を貸与されていないボランティアで、経歴がニートな私は施設の中でも目立っていたから、いろんな部門の方とお話をして、組織や会社というものの輪郭を捉えていった。
知らなかったことをたくさん教わることができて嬉しくてしょうがなかった。
「はじめから完璧な支援ができる人だと思ってあなたを雇ったりはしない」
「おむつなんて100回変えれば上手くなる。大事なのは99回失敗しても投げ出さずに100回トライする気があるかだ」
初任者研修が終わり、私はパートとして入職した。
制服のポロシャツに袖を通し、今まで許されなかった身体介助や記録用データベースへのアクセスも行えるようになった。
誰にも言わなかったけど、私の本当の志望動機は〝社内恋愛〟だった。
まんまと恋人ができた私は、以前のインターンでお世話になったチャーミングな社長の花屋で花束を買って、プロポーズをした。
ついに私はヒキニートではなくなった。
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