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2024.01.16 02:07

仕事を辞めると言い続けていた自分が、ふと退職の連絡をしたのは糸が切れるとかより、葉っぱが落ちるみたいな感覚に近いかもしれない。辞める辞めると言って辞めれない、辞めないタイプの人間だと自分でも思っていた。ほんとに何かがあったわけではなく、ふわっと生まれた気持ちは枝から離れてただ落ちると言う、それだけのことだと思う。もういい加減終わりだなと思った。

書き終えた日には送ることができず、少し寝かせてからタイミングを見計らってメールをする。色々とよぎるが何が嫌だったんだろう落ち着いている今の自分は思うが、やはり伝えることで自分に何か強い言葉がかけられるのではないだろうかと思っていたんだと思う。多分そんなことないとわかっていても、何かそんな言葉が来るのではないだろうかと心の隅に怯えていた自分がいた気がする。

22時ごろまで仕事をして風呂に入る前に、文章を少し書き換えた。書き終えたメッセージをなかなか送れずにいたが、Spotifyで流していた曲たちが僕の壊れかけていたメンタルを支えてくれた。震える手で送り、すぐにパソコンを閉じて風呂に入って寝た。心臓が痛く、何か悪いことを気持ちに本当になっていた。誰かに助けを乞いたかったのか、ただ話が聞いて欲しかっただけなのか。

たまたま仕事の都合で泊まりに来ていた彼女は先に2階で寝ていた。風呂から上がると起こさないようにできるだけ静かに階段を登り、すっと布団に入って彼女の手を握って寝た。辞めることはその時点では確定してなかったが辞めるとなると急にお金を稼ぐ術を考えなくてはいけない、次の仕事は何をしようなどと不安がぐっと押し寄せてきてなかなか寝付けなかった。

朝に返信を見て昼に電話した。基本的には何事もなく辞めれることにはなったが、僕はところどころに疑問や懐疑的になる部分があったが、もうわざわざ反論する元気もないので適当に流しておくことにした。僕はもう俯瞰的な立場の人間として話して、何も惑わされることなく、ただ辞めること、そして特にやることは決まってないことを告げた。

これだけ長い時間過ごして確信的なことを言えない、話せない関係性とは何なんだろうかと考えさせられた。僕の伝える能力に問題があることは確かだが、そう演じなくてはいけない支配されているような感覚があるのではないかと、思ったりしたが考えなのかもしれない。いずれにしても僕自身がもう少し強くならねばならない。

仕事を終えることが見えてきたことで自分の可能性のようなものに気がついた。いまからなにをやってもいいし、何にでもなれるという可能性が自分の中に秘められていたことに僕はこれが本当の自由ではないのかと今も思っている。

その日の夜は平日だったが僕は彼女を呼んで外でご飯を食べた。仕事を辞めることを告げてないのに昨日から様子が変だったから、なにか元気?をつけるために?帰りにケーキを買ってきてくれていた。家に帰って2人でお腹いっぱいなのにパクパクと食べていた。

今の自分の選択を何も否定せずにただただ受け止めてくれる彼女を僕は絶対に大切にしなくてはいけない。

そんなことを考えている。

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