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一日一頁:中川萌子「存在を問う」、戸田剛文編『今からはじめる哲学入門』京都大学出版会、2019年。



ハイデガーのいう「Das Man」とは、死の自覚をなく、その日その日を適当に生きている人間に対する批判であり、ソクラテスのいう「よく生きよ」という哲学の命題を継承するもので、言わんとすることはわからなくもない。しかしそれが人間生命の価値づけや順位づけにすり替わってしまうことを憂え、恐れなければいけない。それがヨナス、レヴィナスの指摘するところである。人間存在の序列づけへの声が大きくなる昨今であるからこそ耳を傾けたい。

 そしてこの「存在し続けよ」という「第一の命令」は、実のところ、人間存在の「質」のみを重視してきた伝統的な哲学が、そしてハイデガーが見落としがちであったものである。ヨナスが発見したこの「第一の命令」は、彼がユダヤ人であり、ナチス政権下で亡命したことを考慮するなら、余計に切迫した訴えとなる。それゆえ、ヨナスは私たちに「まず自らが存在し続けよ」、「そして将来世代が存続できるように行為し、人間の本質に常に新しい可能性の機会を提供できるようにせよ」と示唆しているのであり、そうした責任を負う存在として人間存在を捉え直しているのである。そして「人間の本質の新しい可能性の機会を提供する」ことは根本的には人間存在を、そして存在一般を問い直すことによって可能になるだろう。ここにはやはり新たに「存在とは何か」と問うことへの促しがあり、またこのように問うことに関して責任を負っていること、その自覚への促しがある。たとえ誰も表立
ってその責任を追及してこないとしても、私たちは存在を問うことのできる力、それに関して責任を負うことのできる力を持っているのである。

中川萌子「存在を問う」、戸田剛文編『今からはじめる哲学入門』京都大学出版会、2019年、242-243頁。

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氏家 法雄 ujike.norio
氏家法雄/独立研究者(組織神学/宗教学)。最近、地域再生の仕事にデビューしました。