【218】夕方の彷徨:井上喜惟さんという端倪すべからざる指揮者の存在 ラヴェル「マ・メール・ロア」「ダフニスとクロエ」2024.6.13
1 夕方彷徨:今日はラヴェルを
今日の夕方彷徨では井上喜惟さんのラヴェルを聴きました。
ラヴェル「マ・メール・ロア」「ダフニスとクロエ第2組曲」です。
井上喜惟さんという指揮者については全く存じ上げなかったのですが、最近になって、この方が凄いマーラーを振るという話を、どこかで誰かから聞いたか見たかして(ただ、申し訳ないことに、それがどこで誰からだったのか憶えていないのですが)、一度聴いてみたいと思ったのです。
世の中にはブルックナー派とマーラー派がいて、その二つは重ならないのだといいます。
僕自身は間違いなくブルックナー派であり、マーラーについては「巨人」と「大地の歌」、「さすらう若者の歌」は好きでよく聴きますが、そのほかの曲は何度もトライはしたのですが、やはり今一つ理解できず、聴き始めても途中で止めてしまうことが常なのでした。
けれどもマーラーへの興味が失われたわけではないので、井上喜惟さんの演奏を探してみました。
すると、多くの演奏が見つかったので、マーラーに先立って、よく知っている好きな曲から聴いてみることにしたのです。
よく晴れて空気が澄んでいました。日差しは強かったけれど日陰に入れば涼しくて気持ちの良いお天気でした。
今日はいつもと違って私の家から下界へ降りていく山道を辿ってみました。
道のわきには箱根西麓野菜の畑が開かれていたり、紫陽花が美しく咲いていたり、鬱蒼とした林を抜けたり、入れ替わり現れる美しい景色に心奪われる楽しいウォーキングになりました。
2 井上喜惟さんのラヴェルの世界
最初に聴いたのは「マ・メール・ロア」です。
「マ・メール・ロア」は、ラヴェルがマザーグースのおとぎ話を題材にして、友人のゴドフスキ夫妻の2人の女の子のために書いたピアノ連弾曲で、
*眠りの森の美女のパヴァーヌ
*親指小僧
*女王の陶器人形レドロネット
*美女と野獣の対話
*妖精の園
という五つの小品からなっており、後にオーケストラバージョンもつくられました。
この曲に出合ったのは何十年前だったでしょうか、深夜のFM放送のクラシック番組からエアチェックしたピアノ連弾バージョンを初めて聴いたのです。
そして、夢の中を歩いているような繊細で不思議で優しいメルヘンの世界に魅せられて、ピアノに加えオーケストラのバージョンなども聴くようになったのです。
クリュイタンス、モントゥーさんなど、懐かしい名演がありました。
この曲を初めて聴く井上喜惟さんがどのように演奏してくれるのか?
いつも初めての人を聴くときそうするように、あまり大きな期待はすることなく、フラットな心構えで聴き始めたのです。
井上喜惟さんの「マ・メール・ロア」は素晴らしかった。
ゆったりしたテンポで紡がれる演奏は優しく繊細で懐かしく心がこもっっていて、今までに聴いたこの曲の名演奏と比べても最上級のものと感じられました。この演奏の夢の世界に浸って歩く夕方の彷徨はまたまた至福の時になりました。
この演奏があまりに心地よかったので、次もラヴェルの「ダフニスとクロエ第2組曲」を聴いてみました。
*夜明け(Lever du jour)
*無言劇(Pantomime)
*全員の踊り(Danse générale)
目の前に夜明けが拡がる色鮮やかさには心奪われます。
井上喜惟さんの音楽は派手さを狙うものとは対極な、内面から湧き上がる真実なものであると思います。
こんな方がいる日本て凄いなと思いました。
3 井上喜惟さんのマーラー
家に戻って夜中にマーラーを聴いてみました。
マーラーの交響曲第9番
井上喜惟(いのうえ ひさよし) 指揮
ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ
2012年6月24日/文京シビックホール(東京)でのライブ演奏です。
動画は最初オケの音合わせのシーンから始まるのですが、この音合わせがいい。すでにマーラーの音になっていると感じました。
そして井上さんが登場します。細身で中背、誠実な印象の方でした。
指揮が始まって感じたのは指揮者とオーケストラとの一体感と緊張感でした。
楽員の表情がいいのです。
ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラは井上さんがマーラーを演奏するために立ち上げたプロ・アマ混成のオーケストラなのだそうで、小澤・サイトウキネンに感じるような一つの目的に向かおうとする絆と信頼感がひしひしと感じられるのでした。
言葉を連ねるよりも、とにかく聴いてみてください。
100分を越える大曲です。
最初に断ったように僕はマーラーには詳しくありません。他の演奏と比べて相対的にどうであるかは判断できません。
けれどこの演奏が凄い演奏であることは充分に判ります。
井上さんは1962年生まれ、中学卒業と同時に渡欧して、ピアノや指揮を学んだそうで、音楽に対する相当に強い想いを持っておられたのだと思います。
ヨーロッパではチェルビダッケ等に師事し、バーンスタインや小澤征爾さんのアシスタントを務めたこともあるそうで、1992年、30歳の時にチェコのブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会で指揮者デビューしています。
このマーラーの9番の演奏の時は50歳、円熟を迎えた時であったようです。
井上さんはもっともっと世界に認められるべき指揮者だと私は思います。
ほんとうのマーラー好きな方にこの演奏についての感想を聞かせていただけたら嬉しいです。