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【274】フィギュアスケート:「絶望と言われた少女ワリエワ」ロス (ワリエワさんの競技記録、動画リンク付き)2025.2.18
1 ワリエワ・ロス
遙か昔にジャネットリンさんのスケートを見て以来女子フィギュアスケートのファンであり続けています。
けれど、この2、3年はフィギュアスケートを観ようという気が起こりません。
理由はいうまでもありません。ワリエワさんの喪失です。
坂本花織さんの活躍を貶めるつもりは全くありません。
世界選手権を国際ルールに則って 2022,2023,2024年と3連覇してみせたその偉業、そして、その間、節制し、ベストの状態を維持し続けた並々ならぬ努力と意志の力ははいくら誉めても誉め過ぎにはなりません。
ロシア選手がもし出場していたらなどというタラレバは意味がありません。栄冠は正当に彼女のものです。
けれど、けれど、一度ワリエワさんを知ってしまった後では、無理なのです。
この動画を見てください。
カミラ・ワリエワ、こんなスケートができるひとが他に有得たでしょうか!
すべてが美しくしなやかでしかも勁い、誰も追従できない天才少女。
この美しさに魅了されてしまったらもう見る前には戻れないのです。
もう一つ、
このモノクロームのスロー映像の彼女のスケーティングの一瞬一瞬の美しさには心が震えます。
さらにもう一つ、こちらの動画には練習風景、そしてコーチ陣との絆が多く写っています。
才気ではメドベージェワさん、華やかなスター性ではザキトワさんには劣る、あどけないともいえる少女が、エテリ工場の最高傑作とも評されるようになったのは、単なる天からの才能だけではなく、コーチのいうことを本当に素直に受け止めて誰よりも多くの練習を積み重ねた朴訥さのの中にあったのではないかと、そんな風に思うのです。
2 フィギュアスケート 歴代女子自己ベストランキング
歴代女子自己ベストランキング(採点基準が変わった2018/2019シーズンから2023.12までの記録)を見てみましょう。
現在の公認最高スコアで頂点に立っているのは、ワリエワさんが2021年11月に出した272.71で、この時のショート、フリー、総合得点のすべてが今も世界記録であり続けています。
さらに言えば、その1か月後に行われ、この時の検体が陽性となって記録を抹消された2022年12月の問題のロシア選手権では、さらにこれを10点以上も上回る驚異の283.48を記録しているのです。この時には連続技も含め、ショートではトリプルアクセル1回、3回転3回を、そしてフリースケートでは4回転が3回、トリプルアクセル1回、3回転5回という恐るべきプログラムをすべて完璧に跳んで、ショート、フリー共に自己ベストを更新していたのでした。
最高得点ランキングのベストテンを見ると、10人中8人までがロシア選手で、ロシア以外で入っているのは6位の坂本さんと8位の紀平梨花さんの日本選手二人のみです。
坂本さんの自己ベストは2022世界選手権での236.0.9、素晴らしい記録で大健闘だと思います。
けれど、比較するのは申し訳ないですが、ワリエワさんの幻の世界最高とは50点近い大差がついているのです。
またそれをいうなら、アンナ・シェルバコワさんが北京五輪で金を取った時に出した世界第2位の255.95でさえ、30点近い差があるのです。
まさに「絶望」の二つ名がふさわしい、あまりにも隔絶した圧倒的な強さと比類ない美しさを示し、北京五輪の優勝は間違いないと言われていた、実際に団体戦での得点269.1はシングルで金のシェルパコワさんの記録を13点も上回っていたのです。
女子フィギュア界で史上最強にして最高の美しさをもったスケーター、それがワリエワさんでした。
3 抹消された世界記録の時の映像
この幻の世界最高記録の時の映像を見てみましょう。
ショートプログラム 2021.12.24 90.38点 音楽:In Memoriam
フリースケート 2021.12.25 193.1点 音楽:ボレロ 総合 283.48点
ジャンプもスピンもステップもすべて最高難度で最高レベルの出来栄え点、スピードに乗ったスケーティングから、あの浅田真央さんが苦しみ抜いた3回転半も、さらに4回転さえも、なんの力みもなく軽々と両手を挙げて高く高く飛び立ち、着氷した時のフリーレッグの美しさ、すべての要素が一つのストーリーとして溶け合い、体操ではなく、アート:芸術作品として表現されているワリエワさんの演技には驚嘆するしかありません。
外面的な派手さではなく、内面的な繊細で優雅な心に染入るようなその表現はロシアバレーの伝統に連なる気品を感じさせます。
4 カミラ・ワリエワさんの競技記録(動画リンク付き)
そんなワリエワさんの競技記録を作成してしまいました。
3歳からの年譜と各競技会の日にちと成績、動画のリンクを調べる限り調べて私が集大成したものです。
ネットで見るほとんどの動画が、日付や大会名、成績などのデータをきちんと載せていないので、色々なサイトを調べてそれらを突き合わせて確認していきました。自分でいうのもなんですが、想像以上に時間と労力のかかる大変な作業でした。
この記録は、ワリエワさんのファンの方、調べている方に、参照していただけたら嬉しいです。
ただしデータ等は不確実な部分もありますので、あくまで自己責任で確認の上使ってください。もし間違いが見つかったら教えていただけると嬉しく思います。
上の記録の中にも書きましたが、ワリエワさんはロシアの女子フィギュアスケート選手です。
誕生日は 2006年4月26日、ロシア連邦・タタールスタン共和国の首都カザン生まれのタタール人です。
タタールというのは韃靼人とも言われ、中央アジアの草原に住む牧畜民族だったようです。ワリエワさんの瞳も髪も黒くどことなくアジア系を感じるのはそんな民族だからなのでしょう。
ワリエワさんは3歳からスケートを始め、4歳で初の競技会に出場し、8歳では全ロノービス21位でしたが、9歳ではロドニナ記念カップに優勝しています。
記録の中で、一番古いは4歳の最初の競技会挑戦の時の映像です。
そして下は、9歳でノービス級イリーナ ロドニナ カップ 2015に優勝した時の動画で、音楽はまさに「韃靼人の踊り」です。この時点ですでにダブルアクセルを跳んでいることに驚きます。
このようにワリエワさんは幼いころから才能を示し、10歳ではロシアノービス選手権で最年少優勝、11歳でモスクワチャンピオンシップを優勝するなどの輝かしい成績をあげ、さらに高みを目指して12歳の2018-2019シーズンからモスクワに出てエテリコーチに師事すると、ロシアノービス年長選手権、ジュニアGPを優勝、シニア進出すると世界最高得点を何度も更新するなど才能を一気に開花させてゆくことになるのでした。
5 ドーピング問題について
ワリエワさんの運命が暗転したのは、いうまでも有りませんが北京五輪で個人戦直前に明らかになったドーピング疑惑です。
調べるのも書くのもつらいのですが、ワリエワさんについて語るとき、あの素晴らしい演技が実はドーピングの力を借りた不正なものだったのかということを検証することは避けて通ることはできません。
今回ネットで様々な資料を集めて読んでみました。
しかし、結局のところ、いまだに何も明らかにはなっていないのだということが解るのみでした。
様々な人がそれぞれの立場から意見を述べ、膨大な議論が溢れていますが、そのすべてが想像による憶測に過ぎず、どれも鵜呑みにして信じることはできないという状況になっています。
けれど、これらの振れ幅の大きい様々な記事を見ていて、そのすべてに唯一共通するのは、15歳のワリエワさんが単独で意図的にドーピングをすることは考えられないということでした。
これは2019年にジュニアGPシリーズで優勝した時、当時13歳のインタビュー映像です。何の疑いもなくスケートに打ち込んでいる伸び盛りのワリエワさんのあどけない素顔を映したインタビュー映像です。
このワリエワさんが一人で意図的にドーピングをしていたはずはないということは誰が考えたってそうでしょう。
それなのに、このドーピング問題についての処分が決定したのは、発覚から2年も経った2024年1月であり、その内容は、16歳以下で保護されるべき年齢であったという情状酌量も認めずに、4年間の国際大会への出場停止を命ずるというもので、これは近年の若年化が進む女子フィギュアスケートにおいては事実上の死刑宣告にもあたる厳しいものだったのです。
なぜそんなに厳しい内容になったのか、それは正しかったのか?
この事件について、私が持った疑問をまとめます。
①ほんとうにドーピングはあったのか?
②あったとしてそれは偶然なのか故意なのか?
③故意であった場合、なぜドーピングをしたのか?
④ワリエワさんは自分一人で故意に薬物を飲んだのか?
⑤自分でなければ、誰が薬を調達し、飲ませたのか?
⑥検査結果が発表されたのはなぜあれほど遅れたのか?
⑦ワリエワさんへの処分がなぜこれほどに重いのか?
なぜ事実関係不明のまま裁定が下されたのか?
これらを私なりに検証してみた結果、ロシア以外で起きた①⑥⑦については、それなりに理解することが可能と思いました。
以下に説明していきます。
1)ほんとうにドーピングはあったのか?
ドーピング検査の結果が陽性となったのは、2021年12月25日に行われたロシア選手権の際に採取された検体でした。
検体はA,B二つ採取されあ、まずAを検査し、陽性だった場合、選手の要求があれば、選手立会の下で保管されていたB検体の封を切り、検査をするのです。
この時採取された検体はスウェーデン、ストックホルムの世界アンチドーピング協会:WADA公認の分析所に送られて検査され陽性と判定されました。
Aが陽性と判定された後、ワリエワさんサイドからの要請がありB検体の分析が行われ、こちらでも陽性が追認されたという事ですので、ワリエワさんから禁止薬物トリメタジジンが検出されたということは間違いないと言ってよいと考えられます。
検出されたのは極微量で陽性であると確定することができず3度の分析を繰り返した挙句に新しい分析手法を考案して陽性を確定したという記事がありました。何者かが混入させたというような疑問もありますが、そうだったらもっと明確に入ったことだろうし、A,B両検体に同じように入っていたのだったら、ワリエワさんの目の前で封印される前に入れなければならず、そうした陰謀論は否定されるとしてよいと思います。
6)検査結果が発表されたのが何故あれほど遅れたのか?
ドーピング検査の結果は、日本アンチドーピング協会:JADAでは、尿検体が分析機関に持ち込まれて10稼働日以内に、ドーピング検査実施団体とJADAにA検体の分析結果が通知されることになっており、WADAの場合もおおむね同様と考えられるのです。
ところが、12月25日に採取された検体の検査結果が報告されたのは、約40日も後の北京のシングル競技が始まる直前の2月8日でした。
これはいくらなんでも遅すぎ、何かがあったのではないかと不審に思われても当然と思います。
このことについて、ストックホルム検査機関は、オリンピックを控えて持ち込まれた検体数が非常に多数になっていたこと、機関内にコロナが蔓延し、検査を担当する職員が少なくなり業務が滞ってしまったことが影響したと弁明しています。
許されることではありませんが、確かに当時のコロナ流行による混乱を考えるとそうしたことも有得たのかもしれません。
この時、ロシア側がワリエワさんの検体を優先的に検査するよう要請が有った無かったで両者の意見が食い違ったという記事もありましたが、少なくとも、ロシア側から検体は遅滞なく検査機関に送られており、故意に検査を遅らせようと妨害行為を働いたということはなかったようです。
それにロシアが事前に陽性のことを知っていたならば、その時点でワリエワを切り捨てれば済んだことで、ロシアの層の厚さはシングルで金銀を取っていることからもわかるように、ワリエワ抜きでも団体もシングルも余裕で優勝できるものであり、陽性発覚を遅延させることにメリットはなかったのです。
7)ワリエワさんへの処分がなぜこれほどに重いのか? なぜ事実関係不明のまま裁定が下されたのか?
謎リスト④の、15歳のワリエワさんが自分の判断で故意に薬物を摂取することを決め、薬物を選択し、入手し、周囲に分らないように飲み続けていたのだろうか?については前述のように誰も信じる者はいません。
であれば、事故なのか、周囲の大人に飲まされたか二つに一つです。
それなのに、4年間の出場停止によってワリエワさんの競技者としてのピークの時期を奪うのは酷に過ぎると思う人は多いと思います。
けれど、結論から言うと、この判決はルール通りに行われており、特段に重くしたのではありませんでした。
現在、ドーピングはスポーツの公平性の根幹を揺るがすものとして、非常に厳しい対応が取られるようになっており、発覚した時の罰則も明確に規定されています。
それによると、故意の場合は4年間、偶然の事故だった場合は2年間の出場停止が原則であり、悪質な故意の場合は永久停止も有得、逆に事故の場合は情状酌量も有得るとされています。
そしてドーピングが通常の裁判と大きく異なるのは、検察側が被告有罪の証明をするのではなく、選手の側が故意ではなかったという証明をしなければならないという点です。
また、ドーピングの場合は、例えば風邪をひいて医師が処方した風邪薬のなかに禁止薬物が入っていたというようなケースであっても、自己管理が不十分ということで100%選手の問題となり、責任逃れはできないことになっているのです。
ワリエワさんの裁定では、故意に摂取したと明確な有罪が証明されたのではありません。けれど本人の言う祖父の心臓病の薬が混入してしまったというような事故が実際に起きたという明確な証拠がそろえられず、故意ではないことを証明できなかったと判定されてしまったのでした。
本人が16歳以下の被保護者であるということは、故意でない場合には情状酌量の材料となるのですが、故意の場合は、被保護者だからという区別自体がなく成人と同じ措置になるのです。競技は未成年者も同じ土俵で戦うのであり、その中で未成年者のみが優遇されるというのは公平とは言えないという考え方に基づくもののようです。
したがって、ドーピングが起きたことが事実であり、それが故意でないことが証明できなかったのであれば、仮にコーチに飲まされた、チームドクターに飲まされたというような場合であっても現在のルール上、ワリエワさんの責任は逃れられないのです。そしてこの場合、年齢による軽減は適用されないので4年間の出場停止となるというのは規定通りの正当な判定ということになるのです。
このように②③④⑤の問題が闇の中であっても、それには関係なく処分は決定できるのだということが解りました。
処分の妥当性については、このように結論が出ました。
しかし、それで納得できるでしょうか?
私にはできません。
このケースでは、事故であったことが立証できなかったとしても、故意であったのかもまた立証されていないのです。
ワリエワさんに限らず、有罪を立証せずに罰を与えるというのはどうにも気持ちが悪く落ち着きません。
やはり一般の裁判と同じように、どのように犯罪が成されたのかを解明し、有罪を立証する手続きは必要なのではないでしょうか?
これを怠って、15歳の少女一人にすべての責任を負わせるのは、私にはとてもまともとは思えないのです。
ワリエワさんが個人で摂取したということを有得ないと否定するならば、事故であれば勿論、故意であればより深刻に、ワリエワさんは被害者でしかないのです。
6 ドーピング問題(続)それは故意だったのか?
6.1 トリメタジジンについて
今回検出されたトリメタジジンは、「狭心症や心筋梗塞(こうそく)などの治療に使われる薬剤で、ロシアでは誰もが薬局で医師の処方無しで簡単に買える市販薬でした。血管を広げ、心筋のエネルギー代謝を改善する作用があるので、健康なアスリートが使用すると、血流が増加し、持久力が上がり、運動後の回復も早くなり、より多くの練習をすることができるようになる可能性があることから禁止薬物に指定され、テニスのシャラポワさんなど誤って飲んでしまってドーピング検査にかかり処分を受けた選手は過去にも複数いました。
ただ、説明書を見ると、トリメタジジンは服用期間のみ血流が増加するという薬であって、筋肉を増強するような体質改善薬ではないのです。
心疾患の治療では、血中濃度を効能のある水準に保つために1日3回の服用が推奨されています。
要するに、1回や2回飲んでその時だけ練習量を増やせたからといって 283.48点が出せるような魔法の薬では有得ないのです。
やるのならば、長期に渡って服用し続け、練習量を積み重ねないと効果は顕れない薬だと考えられるのです。
6.2 ドーピング検査
ドーピング検査は国際スケート連盟(ISU)の公認大会では1-4位に入った選手全員に競技終了後すぐに実施することが義務付けられています。
このため、オリンピックシーズンの2021-2022シーズンに勝ち続けていたワリエワさんは、北京五輪に至るまで、ずっと毎月1回以上の検査を受け続けていたことになります。また、有力選手としてリストアップされた選手には、ある夜突然検査員が訪れて検査を要求するというような抜き打ち検査も実際に行われており、競技会の間の期間であっても気を抜くことはできません。
そんな状況の中で、最後に薬を使用 してから数日間は尿中排泄が見られ、この間に検査をす れば陽性反応が出るといわれるトリメタジジンのような薬物を飲み続けることは発覚の危険性が大き過ぎるのではないでしょうか?
ジュ二ア時代からの期間も含め、ワリエワさんが陽性になったのは、問題の2021.12.25に行われた一回だけです。
意図的な摂取だとして、すでに歴代最高得点を記録し金メダル大本命のレベルにあったワリエワさんが、あえて危険を犯してまで五輪2か月前の1時期のみ練習量を増やすことで何が期待できるというのでしょうか?
メリットに対しリスクが大きすぎるのです。
6.3 エテリコーチとワリエワさん
もしも意図的な摂取であり、ワリエワさんが長期に渡ってトリメタジジンを摂取し続けていたとするならば、それをエテリ・コーチが知らない訳がありません。
エテリ・トゥトベリーゼコーチは妥協を許さない厳しい指導をすることで有名で、未成年の少女達の体重をグラム単位で管理し、短期間で使いつぶしていることなどでエテリ工場などと悪評も付きまといますが、きわめて有能であることは疑いを得ません。
前掲のワリエワさんの競技記録の動画を見ていくと、エテリコーチに師事した後では明らかなレベルの飛躍が見られます。
そして、エテリ門下はワリエワさんだけではありません。
2018年平昌五輪の金ザギトワ、銀メドベージェワ
2022北京五輪の金シェルパコワ、銀トゥルソワ
はエテリコーチ門下です。
先に掲げた女子スケート最高記録のベストテンでは10人中8人がロシア選手ですが、恐るべきことに、その8人全員がエテリ門下なのです。(さらに11番のメドベージェワ選手もエテリ門下です。)
門下生を育て上げ、才能を引き出す手腕、そして単なるジャンプや回転ではなく、それらを総合した音楽の解釈、表現の芸術性の高さは圧倒的で他の追従を許しません。
そんなエテリ工場の最高傑作といわれたのがワリエワさんでした。
ワリエワさんは最初に会った時のエテリコーチの印象を、「背が高く綺麗だけど怖い人だった。要求レベルが高くて、1カ月で付いてこられなかったら帰ってもらう」といわれ必死になって練習しましたと語っています。
実際調べた動画の中には練習風景も多数ありましたが、転んでも転んでも起き上がり、できるまでやり続けるワリエワさんの姿がありました。
そうした練習の時、競技に送り出す時、終わって迎えるときのエテリコーチとワリエワさんの表情などをみるとワリエワさんとコーチの間に強い信頼関係があることは疑いないように思えます。
6.4 エテリコーチがやったのか?
エテリコーチには、勝つためには手段を選ばないというイメージがあり、極端なマスコミ嫌いで多くを語ろうとしないことからも、エテリコーチが黒幕で主導して薬物を飲ませていたということはいかにもありそうに思えます。
けれど、そうだと言い切ることには疑問符が付きます。
エテリ門下でドーピング陽性となったのは、このワリエワさんの1件だけなのです。
なぜエテリコーチはワリエワさんだけにドーピングをさせたのでしょうか、ワリエワさんだけを勝たせたくて特別扱いしたのでしょうか?
それは有得ないように思えます。エテリコーチの選手への接し方を見ていると、お気に入りだけを贔屓するような感情移入するタイプではないように思えます。
コーチとしては、門下生の誰かが優勝すればよいことで、実際に北京でも金銀を取っており、ワリエワさんにだけ短期間ドーピングさせたというのは違和感があり信じがたいのです。
6.5 ロシアはドーピングをマスクする方法を確立しているのか?
もう一つのネットでかなりの説得力を持って出回っているのは、
「ロシアは検査に引っかからなくなるようにマスクする方法を確立していて、選手たちはコーチや医療スタッフの指示に従って全員ドーピング薬を何年にもわたって常用しているんだ。ワリエワの場合は何らかのミスでマスクに失敗したんだよ。」
という仮説です。
実際、ロシアの13歳の少女が、「スケートがうまくなるコツ、それはお薬を沢山飲むことよ。みんなやってるわ。」と語ったとかいう話や、北京銀メダルののトルソワが競技後エテリコーチの祝福のハグを拒んで「嫌よ!みんな知ってるのよ!」「このスポーツは嫌い。二度と滑らない」と叫んだというのは何を意味していたのか?
ロシアの隠蔽体質、黒い過去、不誠実な対応も相俟って、ロシアが疑われるのは当然だと私も感じています。
連続的に飲み続けなければ効果の出ないトリメタジジンをワリエワさんがほんとうに常用していたのだとすれば、この説しか考えられないのです。
その場合はワリエワさんだけでなく、ロシアのすべての競技の選手団全員が常用している可能性を考えるべきだと思います。
けれど、忘れてならないのは、いくら怪しくても、それは現時点では仮説に過ぎず、そんな方法があることは何ら立証されてはいないということなのです。
事実として表れているのは、ワリエワさんの1回の陽性だけであり、それ以外にどの選手も陽性にはなっていないのです。
ドーピングの発覚を防ぐ方法として、一番簡単なのは、競技会の数日前から摂取を控えるという方法です。ワリエワさんの検出量が微量だったというのは、何かの手違いや体質などによってトリメタジジンが残留してしまっていたのではないかということが考えられます。
けれど、この方法は抜き打ち検査があることを考えると、大きなリスクが残っていると言わざるを得ません。
もしもワリエワさんだけでなく多数の選手にも摂取させていたとしたら、抜き打ち検査のリスクは跳ね上がり、無視できるものではなくなると思うのですが、そんなにロシアは検査を甘くみていたのでしょうか?
それとも、ロシアは摂取直後にでもマスクできる方法を確立していたのでしょうか? 一緒に吞めばトリメタジジンの検出を妨害できるような薬物を見つけているのでしょうか?
そんな薬物があったとしても、検査ではそのような不審な薬物の存在も検出されるはずなのです。
なんの痕跡も残さず、トリメタジジンの存在を消す、そのような薬物や手法が有り得るのか、それをロシアだけが開発できたのか?
こんなことが、そんなに容易に達成できるとは私には思えないのです。
もし疑うならば、怪しいというだけでなく、それを証明しなければならないと思います。
「トリメタジジンの摂取をごまかす方法があり、それは実際に使用された」、そのことを立証するまでは、検査の結果が陰性であれば白、陽性ならば黒であってそれが全てなのです。
白の者を安易な陰謀論で、憶測だけで疑うのは正しくないと私は思います。
6.6 アンチドーピング委員会はやらねばならないことがあるのではないか!
ドーピングを防止し、犠牲者を出さないようにするために、できること、やるべきことはあるのではないでしょうか?
例えば以下のようなことです。
1)徹底した抜き打ち検査の実施
例えば、抜き打ち検査を、有力選手に10日くらいの間隔で複数回実施するとか、エテリ門下が怪しいとするならば、門下生全員をランダムな機会の検査するとかを実施するのです。
何も競技会直後だったり夜中に突然訪問するなどの必要はないのです。
薬物は数日間残留するのですから、検体すり替えなどを許さない確実なやり方でさえあれば、練習をしている昼間に行って選手がしたくなった時に採取すればよいのですから、それほど選手に負担をかけずに実施は可能なのではないでしょうか。
何かあれば出てくるでしょう。
そして、これを一度でも実際にやり、いつでもやるぞということを周知させれば、その後についても強力な抑止効果になるのではないでしょうか。
検査を甘く見られてはならないのです。
2)直後でも誤魔化せる手法の有無の調査
世界各国に、そのような手法が有り得るのか調査解析させ報告させるのです。
もしも何かそのようなものが見つかれば、過去にそれが用いられた可能性があるかを調査すべきであるとともに、次に使われないような対策を講じるべきです。
そして、もしもそのような手法は見つけられないとすれば、科学的根拠もなく、そのような手法が使われたと疑うことは止めるべきなのです。
7 競技者年齢を17歳に引き上げたことについて
ワリエワ事件の余波ともいえるように思いますが、国際スケート連盟は2022年6月7日の総会において、主要国際大会に出場できる年齢を15歳から17歳にすることを決定しました。
その理由としては、
1)近年フィギュアスケートでは体重の軽い10代半ばの女子選手が好成績を残すケースが目立ち、トップ選手の低年齢化が進んでいた。
2)ロシア勢を中心に選手の低年齢化が進み、心身への負担、健康への影響が深刻化し、スケーターとしての短命化が問題視されていた。
このため、「低年齢の選手への身体的負担や健康への影響を考慮したため」に年齢制限が引き上げられたとされています。
エテリ工場を念頭に置いた、判断も付かない幼い子供に無理な負担を強制してよいのかという事の他に、
競技年齢を伸ばしもっと優雅な成熟した美しさを求めるべきである、また処分の際の16歳以下だから優遇するといった曖昧な部分を無くそうとしたのだというようなことも言われているようです。
これに対し、若年だからという理由で出場を禁ずることは公正なのか、というような反論もあったりしたようですが、多数意見で引き上げが決まったということのようです。
この問題についても、ネットでは様々意見が述べられていますが、見た範囲ではこの決定を支持する意見の方が多いように感じました。
けれど、これで問題は解決するのかというと、疑問も多いように思います。
7.1 エテリ工場と15歳最強説
女子フィギュアには15歳最強説というものがあります。
思春期を迎えたとき、男子においては身長体重の増加は、骨格が強化し筋力もUPされることで補うことができ、競技力としてマイナス方向に働らくことにはつながりません。
けれど女子の場合、思春期の急激な身長の伸びと体重増加に見合う筋力の増強は難しく、今まで跳べたジャンプが跳べなくなる、競技力が落ちてしまうというのは事実として起きています。
それを認めて最も割り切って選手育成を行っているのがエテリコーチです。15歳で金メダルを取り17歳で引退したたザキトワに代表されるように、そこでは14-15歳でピークを迎え、18歳では引退するといった超短命な”使い捨て”が当たり前のように行われています。
ワリエワさんの場合も15歳の北京がピークとなるように育成されたという感があります。競技録で映像を見ていくと14歳から15歳にかけての充実ぶりは凄いものがあります。
そして北京後の16から17歳にかけては身長も大幅に伸び、目標を失った気のゆるみもあるのかもしれませんが明らかに体重超過となっていました。その間の様子は下のNHKスペシャルに良く描かれています。
ワリエワさんは、北京後もロシアの国内大会には出ていましたが、2022年12月のロシア選手権2023では247.32で2位、2023年12月のロシア選手権2024では237.99で3位と、高得点ではありますが15歳のピーク時に比べると、その輝きは失われたと言わざるを得ません。そして2024年12月の大会には出場自体がなかったようです。
あえて、その動画をここに載せることはしません。気になる方は競技記録の中のリンクから見てください。
こうした女子フィギュアの状況の中で節制を続けて26歳まで第一線で世界をリードし挑戦を続けた浅田真央さんはほんとうに凄いと思います。しかし、その浅田さんにしても、彼女がもっとも軽々と心から楽しんでジャンプを跳べたのは14歳でグランプリファイナルを優勝した時ではなかったかと思うのです。
ロシアの北京五輪当時14歳の選手が、「私は北京が1年遅れることを心の底から願っている。なぜなら4年後の18歳では遅すぎるからだ。」と言ったという話は極めてリアルです。
真央さんも。もしも15歳間近の2006年トリノオリンピックに出られていたら、金メダルを獲得していたのかもしれなかったのです。
7.2 強いものが勝つというのではいけないのか?
例えばスケボーでは12-13歳の金メダリストが誕生するなど、特に女子において10代選手が席巻しています。
この場合も若年であるが故の身軽さというものが大きな武器になっていると考えられます。身軽さと技術の熟練・経験とがバランスするのが15歳前後になっているということはないでしょうか。
スケボーの場合、彼女たちはいかにも自由に楽しんでやっているように見えます。年齢が若かろうが関係ない、強いものが勝つのだということを問題視する声は聞こえてきません。
けれど、もしもこの競技に目をつけて、国ぐるみで少女たちを集め徹底的に厳しい練習を強制するということが行われ、そうした国が優勝をさらうようになったらどうなのでしょう。
やはり競技年齢を引き上げるのでしょうか? それで済むのでしょうか?
7.3 競技人生が短いことは悪いことなのか?
スケボーの彼女たちは、年齢が上がって跳べなくなっても競技にしがみつくのでしょうか?
そうではないように思います。
彼女たちは跳べなくなったらというか、勝てなくなったら、第一線からさっさと身を引いて、他人に教えたり、趣味で楽しんで跳ぶようになるのではないでしょうか。
15歳が最強なら15歳が勝つ、どうしてそれがいけないのでしょうか?
年齢を引き上げたとしても17歳を過ぎ、日に日に重たくなっていく体で昨日までは容易だったが今は難しくなってしまった高難度のジャンプを跳び続けるために、厳しい練習とそのための節制を強いられること、また身軽なうちならなんでもなかった転ぶことが、重たくなった体では衝撃が大きく怪我をするなどという事が起きたとしたら悲劇に過ぎはしないでしょうか。
明らかに盛りを過ぎた選手たちが集まって、世界一だと争っている図をあなたは見たいと思いますか?
スポーツは強い方が勝つのです。勝てなくなったら身を引くしかない。それが当然なのです。
競技の特性によって、身軽さや、力、知識と経験などのどれが重視されるかが変わり、最強年齢と言うものも違ってきます。
第一線で活躍できるのは2-3年でしかなかったとしても、それが短すぎるとか、悪いことだと言い切ることはできないと思います。
その人が充実したその年を過ごし、それを人生の宝とし、それを生かして第一線ではない所で、楽しんで生きていくことができたなら、時間の長短など関係ないように思うのです。
もし成熟した美を求めるというのならば、軽業のような高難度の技はすべて禁止にし、昔で言う芸術点だけで採点すればよいのです。
でも最高難度に挑戦するという部分を無くしてしまって、フィギュアスケートの競技としての魅力は成立するのでしょうか?
7.4 エテリ工場の選手たちは不幸なのか?
年齢には本来関係ないのです。
問題なのは選手の育成が人権を守って行われ、選手が虐待されたりせず、幸福でいられるのかではないでしょうか?
エテリ工場の少女たちは、非人道的な強制を受け、絶望の中で悲惨な暮らしを強いられているのでしょうか?
ここでは厳しい体重管理、食事制限などを課して育成していることは確かだと思います。
けれど、オリンピックに優勝し世界一になるのに生半可なことで済むわけがありません。世界中の選手が節制し厳しい練習に耐えて栄冠を目指しているのです。
エテリコーチの名声を慕ってロシア各地から選手が集まり、厳しい競争の中で切磋琢磨して練習をしている。涙を流す子も中にはいる。
けれど、厳しいのは当たり前で、親たちも少女達本人もそれを承知で英才教育を受けに来ているのです。
ワリエワさんが言われた、「ついてこられなかったら止めてもらう」という言葉の通りで、嫌ならいつでも止めることはできる。ほかに替わる選手はいるのです。
上の動画を見ると、ワリエワさんはエテリコーチとその指導内容には全幅の信頼をおき尊敬しているように見えます。
そしてエテリコーチも「ワリエワの一つ身に付けてもさらに深くレベルを上げようとする努力は尊敬に値する」と話しています。
勝つために必要だから練習をするのだという事は皆が理解しており、決して残酷な苛めをする暴君などというものではないことは見ればわかるのではないでしょうか。
選手たちの健康を損ねるような薬物を強制しているというような事実が立証されれば別ですが、それがないとするならば、エテリコーチは極めて合理的で適確な最強の選手育成をしていると言え、エテリコーチのやり方が間違っていると一概に言い切ることはできないように思います。
7.5 まとめ
長々と書いてきましたが、この問題に関する言いたいことというか、問題提起をまとめると以下のようになります。
1)有罪を立証せずに、無罪を立証できないからと、有罪宣告するという今のドーピング処分のルールは正しいとは思えない。
2)ドーピング検査は逃れる余地のないように徹底した実施をすべきである。甘く見られてはならない。
3)競技人生が短いことを一概に悪ということはできないのではないか。
4)強いものが勝つのがスポーツの本質であり、競技年齢を17歳に引き上げることで何も解決しない。
反対、賛成、色々なコメントを頂けたらうれしく思います。
8 最高のプログラム
ワリエワさんのプログラムの中で私が一番好きななのは、STORMという曲を使ったショートプログラムです。
このプログラムは音楽とコスチュームがとてもよくマッチしていて溜息が出るほどせつなく美しくて特に印象に残っています。
2021年2月27日、ロシアカップ2021ファイナルで優勝した時のものは88.71点という高得点で、これはSP史上でその時点での世界最高記録でした。SPのランクを見ると第2位のコストルナヤ選手の85.45を超えており、その上には自身の記録しかないのです。
ワリエワさんはこの時14歳、まだ幼さが残っていますが、この時点ですでに世界最高のレベルに達していたのでした。
*動画は前半に練習などが長く入っていて、SPが始まるのは14:04からですのでご注意ください。
もう一つの STORM を載せます。
これは2022年4月3日。北京五輪の約2か月後にロシナ国内で行われたエキジビションでの映像です。
前のSTOROMから、わずか一年と1カ月しか経っていないのに、ワリエワさんが身長も伸び、大人びた女性らしさを身に付けていることに驚かされます。
エキジビションなので採点はありませんが、採点していたら、どちらが上でしょうね。
技のキレという点では14歳の時の方が上と言えるような気もしますが、後者の方がゆとりと優雅さと表現力の点で優り後者が勝つことになるような気がします。
2021-2022シーズンのワリエワさんは、前掲の幻の世界記録にも見るように、完成度と迫力を増して充実しきっていたことが見て取れます。
9 In Memoriam
世界記録のそしてオリンピックの時にショートプログラムで使われた曲は 「In Memoriam」と言う曲でした。
詩人テニスンに「In Memoriam」という詩があるそうですが、 この言葉は In Memoriam of A という形で使われ、「今は亡きAを偲んで」という意味になり、墓碑などに刻まれることが多いそうです。
奇しくもこれが世界の表舞台におけるワリエワさんを偲ぶ最後の曲になってしまったのでした。
「In memoriam of Kamila Valieva, the girl with the sad black eyes.」
今は亡き 哀し気な黒い瞳をした少女、カミラ・ワリエワを偲んで
この記事を終わるに当たって最後に2023年4月9日北京五輪の1年後、トゥトベリーゼショウにおけるエキジビションを載せます。
16歳の少女は、もう少女ではなく魅力的な女性に変身しているように思えます。幻の世界記録と比べると、技術点としては落ちると思いますが、芸術的インプレッションとしては引けを取らない美しさを示していると思います。
思うことは、今後もうこれより美しいスケートをする人は現れることはないだろうということです。
この絶頂期のワリエワさんが戻ってくることはもう二度とないのですから。
ほんとうに世界の女子フィギュアスケートにおいてワリエワさんを失ってしまったことが残念でなりません。
いつか、事件の真相が明らかになる日は来るのでしょうか。
私は有罪が明確に立証されるまでは、ワリエワさんの無罪を信じ続けます。