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桜の代償 #4


殺害された警部補の悠久の友であり仲間だったラーメン屋の主人。その娘が殺害された事件、女性無差別殺人の犯人である大学生が通っていた大学に私と警部補に来ていた。いじめが原因で犯行に及んだ犯人だったが、その主な要因は学校側にもあったのではないかと学校長を問い詰めると、今まで頑なに話そうとしなかったあの日の事実を語り始めた。



「実は、彼がいじめられているというのは彼本人から聞いていて周知の事実でした。しかし、いじめていたのが当時この大学の理事長をやっていた方の娘さんだったのです」

「その娘っていうのは最初の被害者の?」

「ええ。ですが、いじめと殺人の因果関係があるとは到底、、、。」
汗を拭き、警部補の迫力に内心怯えながらも話す学校長の態度に何か苛立ちを覚えたのか、警部補は急に立ち上がったかと思うと学校長の胸ぐらに掴みかかり静かに

「いじめってのはやられた側にしかわからない苦しみがある。死ぬ思いで耐えても心に傷を負えば結局地獄。間に生まれた格差によって年間数百の死者が出る」

「でも、それとこれとは話が別では、、、」

「一緒なんだよ!そうやって大人が見て見ぬふりをするから傷は深くなり闇っていう膿が出てくる。権力を前にガキを見捨てるお前らは教育者でも何でもねぇ」
掴んでいた手で学校長の身体ごと椅子に叩きつけるように投げると、その勢いを殺さないまま苛立ちを孕んだ足つきで部屋を出た。
その圧力とオーラに腰を抜かし椅子にもたれる学校長と唖然とした顔で身体を硬直させる常務を前に私は出されていたお茶だけをしっかりと飲み干し一言。

「私も警部補の意見に同意です。私は教育者ではありませんが、あなた方はいじめを善とする人間以下の存在だと思います」
私はそう一言、まるで漫画や小説の中の捨て台詞を言い放って警部補を追いかけて部屋を出た。




時刻は午後12時を回った頃。大学を出て車で移動中の車内。渋滞に巻き込まれ立ち往生している最中、運転をしている私とその横で貧乏ゆすりが止まらない警部補。狭い車内の中で空気は最悪もいいところ、何があるわけでもないはずなのに空気を薄く感じる。早くこの場を抜け出したい気持ちばかりが早るが都会の渋滞はそれを許さない。少しずつしか進まない状況に突然警部補の舌打ちが車内にこだました。その音に驚いた私は恐る恐る警部補の顔を横目に見ると、いつも以上に険しい顔をしていた。それもそのはずだ。先のあの学校長の態度や言動、そして圧倒的ニコチン不足でイライラはピークに達する寸前なのだから。いくら乗っている車両が覆面用だとしてもここまで犯罪者面をしていては交通課に止められないか心配になる。
この状況と空気感に嫌気が刺した私はこれをなんとかしようと話を切り出した。

「それにしてもなかなか先に進みませんね。なんかあったんですかね」

「そうだな」

「もうお昼過ぎですし、なんか食べに行きませんか?」

「そうだな」

「どこにしますか?定食屋?ラーメン?たまにはファストフードも、、、」

「くどい、ちょっと黙れ。考え事してるんだ」途端に一蹴されてしまい、気遣いの心も気分も少し落ち込んでしまった。私は静かに片手に持っていたハンドルを両手に持ち替え、一人車が延々と並ぶ都会の道路を眺めることしかできなかった。
10分ほど少しずつ進んでいき、ようやく抜け道から渋滞を脱することができた。トータルで1時間はかかっただろうか、渋滞を抜け出した事とこの苛立ちが明らかに目立つ空気感からの脱出の二重の喜びが私の曇りがちだった心に光が差した。
ストレスから解放され、行くべき道も分からぬまま数分間車を走らせていると突然警部補が思い立ったかのように口を開いた。
「そういえば、あの事件の操作ファイルって本庁にあるよな」
「あの事件って、無差別殺人のものですか?あると思いますよ。でもそんなに有力な情報は載ってないと思いますけど、、、」
「一度本庁に戻るぞ」警部補の一声で私はハンドル再び切り返し、今まで通ってきた渋滞した道を戻る羽目になってしまった。心の中で戻るくらいなら最初から言って欲しい。なんて今の警部補に言えるわけもなく、私は元来た道のりを下道を使って戻ることにした。
下道を通ったおかげか警部補の犯罪者面に周りの運転手が気圧されたのか30分ほどで本庁に到着した。

来客対応の受付の婦警と綺麗なエントランスからエレベーターに乗り、捜査一課のある階で降りる。そこは一変して男の職場といったむさ苦しさに包まれている。警察に就職して唯一後悔したことといえばこの男だらけの環境をふわっとしたイメージでしか自分の中で持てていなかったことだ。私たちはそのむさ苦しい一課の事務所を通り過ぎ、資料室へと向かった。
ここには過去の捜査資料から犯罪者のリストなどを含めた開示請求をされない限り一般には機密扱いされている資料がここに集約されて大切に保管されている。
部屋に入った途端、棚に収納されている冊子状の資料に手を触れようとする警部補に「そこから探すんですか?」と思わず聞いた。
すると「当たり前だろ、ここじゃなかったらどうやって探すんだ?」とさぞ当たり前かのように言い放つ警部補に少しばかり呆れてしまった。一つ一つ探そうとする警部補は放置し、部屋に常設してあるパソコンを立ち上げた。ものの数分程度で例の事件の捜査資料を見つけ、一足先に内容を閲覧し始めた。最初の犯行から証拠、遺留品、逮捕に至るまでの情報がびっしりと書かれてあった。だが、本来ならそこに書かれてあるはずの情報が不自然に抜け落ちていることに気づく。
「警部補!これを見てください」呼び出され目の前に向けられるパソコンの画面を目を細めながら上から下まで読んでいく。すると、さっきあの学校長が言っていた事件の最初の被害者が当時の理事長の娘だということ。そしてその理事長に関すること、それらの事を含めてまるで警察の捜査資料とは思えない杜撰な内容が書き記されていた。
「当たりだな。事件当時の理事長を勤めていた男を割り出せ。そいつがこの事件を解く重要参考人かも知らない。」
犯罪者面から一変。そこにはただ愚直に事件を解決してきた刑事がいた。



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