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シナプス#2

私の死を持って世界を支配する
そんな事、一体誰ができると思う?
普通の人間ならばそう考えるのも無理はない。いや、もはやその考えに至る事こそあり得ない。人は死んでしまったら何の痕跡も記憶も存在すらも忘れ去られてしまうのだから。
ならば、死を逆手にとって全人類に私という存在を脳にリンクさせれば肉体はなくとも意識のみで人類を操ることができるのではないか?
全ての人類、かの優秀な科学者たちも夢見たはず。
身体を持たず、意識だけの存在となり、永遠の命を得る。
まさに完全なる不死の力。世界を内側から私のものに出来る力を得ることが出来る。
しかし、そのためにはまずやるべきことがある。
それは人類全てに私の存在を認知させ、潜在意識の中に本人でも気が付かない程度の暗示を掛けなければならない。
さて、1対1での暗示をかけるのはこれまでずっと仕事としても、プライベートでも自分の都合の良いように力を使ってきたわけだが…
あ、自分の私利私欲の為に使ったらだめだと言う声も一応受け付けてるよ?まあ、今君がその言葉を口に出そうとした瞬間から、君の頭の中には私という存在が潜在意識の中に刻み込まれたわけだから、君ももう、私の術中にいることを忘れないでおくように。

そんなことはさておいて、これからどうするか。
この間頭をいじって人間そのものを変化させた女優の彼女の知名度を使って、私が生配信で重大発表をするだの謳い文句を言って、集まった視聴者から芋づる式に全人類に催眠をかけることは簡単な話だ。

だが、それではあまりにも芸がない。
それにその方法では、私の目的である死をもって世界を支配するということにはならない。
生配信で人類全てを催眠に掛けても、きっと私が死を迎えた瞬間に催眠が溶けてしまい、無様な私の死に様だけが全世界に放送されてしまうだけだ。
自分でもプライドは高いほうだと自負しているからこそ、そんな死を迎えるのだけは避けたい。
まずは下準備から始めていくとしよう。
私が生きている唯一趣味としてお金を掛けていた自慢の愛車を走らせ、山奥の今は使われていない山荘へと向かっていた。

山荘と聞いてよくドラマなどで描かれているペンションを思い描く人もいるだろうが、ここはボロ屋もボロ屋。
建物を支える柱は雨や虫食いによって腐食が進み、建っているのが奇跡とも呼べる状態。
床はところどころ穴が空いていて、かろうじて無事な部分もありはするが、それも荷重を掛けなければの話。
一歩でも足を踏み入れて体重をかけようものならば、すぐにでも床材という名を意味してないただの木くずへと成り下がることだろう。
だが、そんなボロ屋でも幸いなことに雨風はなんとか凌げるし、暖炉、電気も自家発電用のモーターが何台か納屋に保管されていた。
先程動くか試してみたが全て動きそうで安心した。
ひとまず、生活するにはやっていけそうな環境は整ったわけだ。
え?なぜ私ほどの人間が、わざわざ不自由な暮らしを選択したのかって?
これも下準備のひとつなのだ。
全人類の頭と私の意識を繋げる方法の一つに話題性も重要な要素として含まれる。
例えば、もし私の遺体が身元不明の状態でこの山荘から見つかればそれだけでも事件としての話題性、そしてその遺体が私だと判明した時の衝撃を利用して、私を知る人間達の頭の中にある私の意識因子を呼び覚ますトリガーとなる。
私のファンの人間たちはそれだけでも完全に私の手中に収めることはできる。しかし、私の認知度の低い人間にはおそらくだがそれだけでは効果は薄い可能性がある。
他のトリガーを準備する必要がある。
しかし…
「全ての人間が私の思うがままにできる世界を考えると、本当に笑えてくる。自分が誰かの支配下にあるとも知らずに間抜けズラで生きていく姿はきっと滑稽だろうな」
持ってきた荷物をテーブルの上に広げて、暖炉用の薪を焚べていると、周りに人がいない状況からか思わず顔が緩んでしまう。
頬を両の手で軽く叩き、今やるべき本来の目的を思い出す。
納屋で発電機を起こし、部屋の中に電気を通す。
これで必要最低限の作業ができる環境が8割方整った。
バックから電子メモと海外の協力者(人格変更済み)に特注で作らせたオフラインでもデバイスやクラウドに接続できて、独自回線からネットに繋ぎ、後から誰かに痕跡を追われることがないVRゴーグルと仮想モニターを取り出した。
これさえパソコンなど持っていなくとも、いつでもどこでもスーパーコンピューターに接続でき、世界各国の情報も閲覧し放題となる。
「まず、この計画に置いての被検体第一号を決めないとな。計画をより円滑に進めるためにも人数を絞って色濃く心を染めていかなければいかない」
全人類を支配下に置くための私のコマ。先鋭部隊「ブレイン」とでも称しておこうか。その第一号目の人間は…こいつが適任だろう。
日本屈指の変人と呼ばれているがその頭脳は折り紙付き。世界を見ても勉強を嫌い、新しい知識やものを取り込む事を嫌がる日本人だが、その男は勤勉すぎる、というかこの世に生を受けてから知識を脳に詰め込むことしかしてきていない、それに加えて一度目にしたものを一瞬にして覚え、決して忘れることはない。生きていればいるほど知識を脳の容量が焼き切れるまで溜め込む。まさに人の形をしたスーパーコンピューターで、人類学者。
「皮肉なものだな…こんな名前をした人間が天才学者だとはな」 
その男の名は天童無能(てんどうむたか)。

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