天気予報
「では次は天気予報です」
「今週は天気も安定し、晴れる日が多いでしょう」
最近巷で話題の気象予報士がいる。美人で女子アナのような端正な顔立ちの彼女はその美貌からもさまざまな噂が日々飛び交っているが、そんな中で一際耳にする噂がある。
それは「彼女の天気予報は100%当たる」
テレビやラジオの中であくまで天気の予報を伝える彼女に対して100%当たるなんて言葉を使うのはどうかと思うが、実際ネット上の彼女のファンが過去の予報も踏まえて統計を出した。するとどうだろう、彼女がこれまでに出した予報は全てその通りになっており、的中率はなんと文句なしの100%。たちまち噂は広がり、テレビ番組や雑誌でも取り上げられるようになっていった。
世間の期待を一心に背負った彼女だったがその予報にはなんの影響もすることなくただ淡々と気象予報士としての仕事を全うし続けていた。
「おつかれ!」番組のプロデューサーが番組終了後に楽屋に来ては毎度こうして激励の言葉をかけに来てくれる。サングラスにボーダーのポロシャツ、カーディガンを襷掛けした正直言ってかなりダサい一昔前のプロデューサースタイルだが、その腕は確かなようでスタッフには一目置かれている存在。
「お疲れ様です」かくいう私もその番組を動かすその力については尊敬しているが苦手な点の方が極めて多い。例えば、人のテリトリーに土足で踏み入るデリカシーのなさや一度決めた事はどんなことでさえ変えようとしないプライドの高さ、プロデューサーの地位を利用してスタッフや演者を困らせる傲慢さ、そして何より、、、
「ねぇ、飲みに行く約束覚えてる?今夜なんてどう?高級ホテルのバー予約してあるんだけど」二人きりの楽屋をいいことに夜の誘いや不用意に腕や肩に触れてくる。
「ええ、ぜひ」そんなプロデューサーに嫌悪感を抱いている。
見え見えの下心も、私を性欲を満たすための玩具としか見ていない舐めすいた態度も、どうせ抵抗できないとどの言葉の頭にもつけてくるその傲慢さも全てに吐き気がする。皆は私がその天気を詠む力でこの気象予報士という立ち位置を手に入れたと勘違いしてるけどそうじゃない。私はこの男の手のひらの上で転がされ、無理矢理にやらされる私自身を、視聴者を騙しながら気象予報士をやっている。
そんな自分はもういや。
私はただ空を見るのが好きで、手の届かない空の上で眩い太陽が輝く姿や空一面を覆う厚い鼠色の雲や、雲が流す冷たい雨粒の全てが好きだった。
空を見つめるだけで色んな顔を見せてくれる天気の全てが人間みたいで好きだった。
だけど、あんなに色鮮やかだった空を私はもう暫く見ていない。
私の目にはモノクロの空しか見えない。
今、己の性欲のまま跨り、腰を振るケダモノが全てを変えてしまった。
私は、天気を詠む気象予報士なのに、、、。
ああ、こんな時に限って雨なんて、真っ黒な雲に真っ赤な雨なんて、、、。
番組のプロデューサーがホテルの一室で亡くなった。原因は酔っ払って頭をぶつけた事故と断定されたが、誰しもがその訃報に密かに喜び安堵した。
だがその後、突然すっかりと印象の変わってしまった彼女の予報は外れていった。
彼女は全ての天気を晴れと予報し、世間はそれを信じて傘を持たず街へ出る。しかし皆の信用を裏切って空からは大粒の雨が痛いほどに降り注いだ。目の前は雨で見えなくなり、人の歩く音、車の走る音、喋り声全てが雨でかき消され存在がなくなる。
「おい、天気予報の時間だろ!彼女はどうした?」
「見当たりません!楽屋もトイレも局のどこにも見当たりません!」
「だったら、誰がこの雨を止ませるんだ!」
太陽が陰る。空が雲に包まれる。悲哀の涙が心を湿らせる。
「次の予報です、、、。しばらく各地には人の助けも聞こえないほどの激しい雨が続くでしょう」
空から飛び出した雨とともに悲痛の声を雨音にかき消された女の哀しみが真っ赤な水溜りとなって地面に染み渡る。
彼女の予報通り、激しく降り続く雨が弱まるまで局のスタッフは彼女の行方を探し回ったという。
「あれ、、、なんで雨が赤いんだろ、、、」