シナプス #4
全人類を僕の意識下に置く計画の第1段階として、人類のなんたるやを知る人類最高の頭脳である天童無能とその助手である女子大生も手中に収め、次の手駒を増やすための行動に映る。
計画に今の人類の中で秀でた能力を持つ人間を集めていくわけだが、ただ闇雲に探しても仕方がない。なにせ僕がやろうとしているのは神の御業とも言える所業を行うとしているのだから、それほど準備が必要なのだ。
しかし、次に目を付けているこの人間を手中に収めれれば、これからの計画の進み具合が格段に効率化出来る。
なにせ次の人間はエンジニア。世界最高のスーパーコンピューターを制作させ、70億人の人間の中から優秀な人間だけを選別することが出来る。
「人間の脳が手に入ったあとは機械の脳を手に入れる段階に入るわけだが・・・」
この時の僕には一つ懸念している点があった。
というのもリサーチをしたところ、今現在実在してあるスーパーコンピューターの設計からプログラムの構築まで全てをたった一人で1から作り上げた人物が実は日本人で10代の男の子だったらしい。
僕もネットでその情報を見つけたときは自分自身の目を疑った。まさか10代の日本人の男がたった一人でスーパーコンピューターを基礎からプログラムまで作り上げ、それを海外の情報機関が使用しているという事実があまりにも非現実的過ぎて理解が追いつくのに数秒かかってしまった。
それらに加えて海外のダークウェブ経由に彼についての情報を更に調べていると、彼は現在、学校へも行かずに実家の自室で毎日世界の大企業のサーバーに潜り込んではちょっとしたいたずら程度のハッキングプログラムを組み込み、反応を楽しむ僕が言うにはなんとも説得力には欠けるが悪趣味な遊びをしているらしい。
天童の研究室である大学の一室でコピーしたその情報データを眺めていると、背後からパソコン画面を眺める天童の樹種の女の子に気がついた。
あのキャンキャンとうるさいお喋りな性格を閉じ込める為に人格変更を行っておいて正解だった。
「すみません、勝手に見てしまって…これは一体何を見ているのですか?」
ほら。これまでの彼女であれば、こちらが答える間もなく質問に質問を重ねて、回答が返ってくる前に自己完結で事を終わらせ、次の物事へと興味が移る。
あまりにも面倒で彼女の勢いについていける、いや、正確には簡単に受け流すにはやはりそれなりの年月と信頼関係があって初めて成立するのだろう。天童にはそれを成立させるだけの関係とスルースキルが備わっているみたいだが、人間の人格や意識そのものを自在に操るにはそれなりに神経を使う。彼女のそのような茶番に付き合っていられる程、僕の脳のキャパシティは膨大ではない。海外の一部の人間達で流行っている脳の情報を別媒体へと移す。いわゆる携帯電話の情報をクラウドへとバックアップして再アップロードするやり方と同様の手法で脳の記憶容量を底上げを図る。
あれには昔から興味があった。今度、その第一人者を僕の手に収めた暁には試してみよう。きっと僕の計画の発展にも大いに貢献してくれるはずだ。
なんて関係のないことを彼女と話しながらもダークウェブで最高のエンジニアの情報を調べ上げ、ついにその人物の個人情報とその所在地まで入手するところまで完了した。
「僕はこれからこのメンバー3人目の人物、最高のエンジニアを連れてきますので、二人は計画について人類学的観点から調べを進めてください」僕はそう言って一人、新たな計画のメンバーをこの手に収めるのに動き出した。
ちなみに人目を避けるためにわざとこのような不便な山奥を拠点にしているが、僕からしてみればなんら不便なことはない。
この場所からなら一番最寄りの飛行場に連絡を入れ、電話口で簡単な洗脳を刷り込む。そこから飛行機と運転手を呼び寄せる。僕の洗脳の力は他者から他者へと伝達が可能であるからこそ出来る所業だ。
こうして一時間もしないうちに小型飛行機が到着した。
はぁ、本当ならもっと豪華なプライベート飛行機を用意したかったものだが飛行場の規模や設備がそれほど大きく新しくなかっただけに、まだ快適な空の旅を出来るだけマシだと思うことにしよう。
風に揺られて、1時間ほど機内で用意させた高級ワインとチーズを楽しみながら優雅な空の旅を送った。
その道中、エンジニアの男の詳細な情報について再度目を通しておくことに。
その男の名前は三上透。ネット上では「クリーン」という名で一部の人間から神的存在として崇められているようだ。現に今、こちらが情報を覗いている事に気がついたのか、後追いやハッキングに干渉されないはずのダークウェブ上から遮断してくる。
「さすがは非公式ではあるが最年少天才エンジニア兼ハッカーだ。数ある国々の中でも群を抜いて情報処理の速度が早い。割りと名の知れたハッカーでもこれには一瞬で反撃されて終いだろうな」
さらには、まさかとは思うがこちらの居場所を特定されまいと裏の人間から飛ばしの携帯を調達してきたはずだが、つい今しがた謎のアカウントからDMで位置情報とメッセージが送られてきた。
それはおそらくこの携帯をハッキングしてきた「クリーン」からのメッセージ。
クリーン「僕の世界をこれ以上侵害してこないで。侵害するなら僕も容赦しない」
完璧な脅し文句。
「これは相当ご立腹のようだ。だがしかし、君は僕の計画にとってなくてはならない人材なんだよ」
この時、僕は念のために偽の位置情報を携帯がハッキングされた時用にプログラムを組ませておき、クリーンの出方次第で計画状況を変更していこうと考えていたが、彼には到底敵わない。ネットの世界では、ね。
とある民家の前で足を止め、表札の下に設置されたインターホンを鳴らし、家の中にいるであろう人間に存在を知らせる。
中にいるのであれば来客かもしくは宅配の人間なのかの見分けぐらいはつくだろう。
しかし、今の僕の格好はただの一般民家に訪問するにしてはフォーマルすぎて、宅配業者にしてはかしこまりすぎているスーツ姿。どこからどう見ても普通の人間ならこんな怪しい人間対応しない。
それならば、対応はさせずとも僕の存在を目視させるだけで良いのだ。
クリーンは見知らぬデバイスからのハッキング攻撃を受けた直後で緊張状態にある。普段からネット世界で生きていて、実力は知る人と知る。認知している人間はもはや噛みつく事さえしない。
だからこそ、きっと彼は焦っているはずだ。ネットの世界とは顔の見えない匿名性がある代わりに三次元に対しては極端に弱い人間がほとんど。
特にクリーン、三上透くんにはその特徴が顕著に見られる。
扉から、空気から僕の肌に脳に、ひしひしと伝わってくる緊張。激しい息遣いまで聞こえる。
「ネットの世界では最強かもしれないが、現実の世界では君程度の人間を凌駕する人間なんて数え切れないほどいる。その中でも僕は頂点に君臨していると自負している。さぁ、いざご対面といこうじゃないか」
ゆっくりと家の玄関前にある小さな門を開け、そっと玄関扉に手のひらをつけると、すぐ目の前にいるクリーン事三上透の意識に向かって僕の意識を溶け込ませる。固体から段々と液体化するイメージを乗せる。
するとどうだろうか。あれほどまでに不安のあまり緊張していたクリーンの心臓の鼓動も大人しくなり、彼は自覚してはいないだろうが素直に僕の意識を自分の中に入れることを受け入れてくれた。
「さて、彼が大人しくなったところで少し彼の日常でものぞかせてもらうとするか」
普段なら子供の日常生活に興味など毛頭ないが、彼は子供ながら天才的なネットの知識を持ち、自らも開発を行うエンジニアでもある。
そんな彼の部屋は一体どんな部屋なのか?もしかすればなにか今後の役に立発明品があるかも知れない。私は一抹の期待と忘れかけていた好奇心を今一度呼び起こし彼の部屋へと足を踏み入れた。
すると目の前に広がっていたのはネットや機械に強くない僕でもひと目見てすごいとわかってしまうぐらい部屋の面積の8割を機械関係が占めていた。
「頭の中を覗いた時からわかってはいたけど、実際に目にしてみるとすごいな…。これがオタクってやつなのか?」凄さはわかったが、改めて確信した。クリーンがいればネット世界の掌握は完璧。全世界の人類と僕の意識をつなげる用意は万端というわけだ。
とはいえ、相手は子供。
「相手をするのはめんどうだからな。人格改変と天童の助手の女になつくように意識を変えておくか」
ん?おびただしい機械の山の中に一つ気になるものを発見した。
それはクリーン、というよりは三上透という一人の少年の日記のように見える。
日記には毎日の日付と短いが一日の出来事について書かれてあった。
子供の日記など大した内容ではないと軽くページを流し見していたが、はじめの数ページから徐々に雲行きが怪しくなってくる。
楽しい学校での記憶から段々と友人と上手くいかなくなり、一人になった三上透を周りの同級生たちはいじめるようになる。
次第に不登校気味になり、ネットの世界に逃げ込んでいるうちに元々の機械に強い才能も相まって、今ではネットや機械を携わる界隈から神的存在として崇められるようになったわけらしい。
「人間の社会というのは大人も子供もそれぞれ大変な事ばかりなのだな」
三上透という人間にとっては生身の人間が生きる三次元の世界よりも、機械やネットといったある意味2次元の世界が彼にとっての現実、リアルということなのだろう。
まあ、私には関係のないことだが。
ひとまず、人格操作と助手の女を好むようにしておいて、連れて行くとしよう。
む、子供というのは意外と重いんだな。