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【短編小説】彼女の奢り

 生身の彼女とはじめて顔を合わせたのは二年前のことだ。  彼女と相互フォローの関係になったのはいつからだったか、そのきっかけはなんだったか、まるで覚えていない。むしろそういうことを覚えているほうが稀(まれ)だろう。とにかく僕はずいぶん前から、彼女とTwitterを通じて関係していた。  僕らは小説の好みが合い、共通して好きな作家の新刊本が出るとすぐに読み、感想を呟きあった。そして相手のツイートのなかに非常に共感できたり、自分には見つけられなかった部分があると《いいね》をしたり

    • 卒業ないしは卒業後のこと

      三月下旬、わたしは大学を卒業した。コロナ・ウイルスの流行がキャンパス・ライフのほとんどを覆っていた大学生活であった。 授業のほとんどはリモートで行われた。わたしは家庭内のあまりの息苦しさに、外出する理由を求めて、ウーバーイーツの配達員として仕事をはじめた。授業や就職活動の時期を除いて、ほとんどの時間をこの配達の仕事に捧げた。そのせいで卒業するころには容姿に似つかわしくないほど太ももの筋肉が肥大化し、就職活動に使っていたスラックスは入らなくなっていた。他のパンツ類もすべて買い替

      • 【短編小説】揺らぎ

         ペダルのうえ、右脚を撥ね上げて左脚を仮の軸にする、そして次の瞬間、一挙にその関係を逆転させる。タイヤは勢いよく駆動し、クロスバイクはその役割を果たす。フードデリバリーの巨(おお)きなバッグを背負ったまま前傾姿勢をとり、正午の日の照りつける街中や車道の脇を走り抜けていく。自然の風はほとんどなく、自転車の運動によって発生する逆風のみが汗で体に張りついた半袖のシャツを乾かそうとしていた。  マップアプリの音声案内は車の走る音にまぎれて聞こえない。正午近くの垂直に射す日光のせいで