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クマゼミに寄生する冬虫夏草を見たくて石垣島へ

沖縄県の石垣島に5月8日〜14日の日程で滞在していました。そのうち11日〜14日の3泊4日で冬虫夏草探し&写真撮影をやっていました。狙いは「イリオモテクマゼミタケ」というクマゼミの成虫から生える冬虫夏草です。その名の通り八重山諸島の西表島で初めて見つかった種類で、沖縄県でしか見つかっていません。人生で1度は生きている姿を見てみたいと思っていた憧れの冬虫夏草です。

イリオモテクマゼミタケはしばしば幻の冬虫夏草と呼ばれます。確かに古い冬虫夏草図鑑には「極めてまれ」との記載がありますし、2018年に西表島で行われた調査でもそんなに沢山の個体が見つかっている様子でもありませんでした。しかしネットでイリオモテクマゼミタケを調べると、割とたくさん写真が出てくるので、一般人が偶然見つける程度には普通に生えてるんだろうなと思っていました。

5月11日、雨が降る中レンタカーを走らせ、目星をつけていた森に行くと、探索開始5秒くらいで狙いのイリオモテクマゼミタケを発見しました。さて、探そうかな、と地面を見たらありました。あまりの呆気なさに拍子抜けしました。井上尚弥がパヤノ戦で1ラウンドKOしたときくらい呆気ないです。

イリオモテクマゼミタケ
ゴキブリみたいな黒いのがクマゼミの死骸
白いのが冬虫夏草の子実体

周囲を見渡すと、次々にイリオモテクマゼミタケが見つかります。ヘッドライトの光が白い子実体に反射して分かりやすいです。雨が本降りで早めに切り上げたかったのでとても助かります。ほぼ全ての個体がまだ未熟で、子実体も伸び切っておらず、子嚢果ができ始めてすらいませんでした。事前情報の通り、イリオモテクマゼミタケの成熟はもう少し季節が進んでからのようです。

白い子実体が目立つので見つけやすい

雨がひどいので写真撮影は後日にして、一旦探索を切り上げました。これなら他の場所でも簡単に見つかるだろうと思い、翌日12日は3月にヤマンギムシタケを見つけたポイントに行くことにしました。

ガの幼虫に寄生したヤマンギムシタケ(3月)

ヤマンギムシタケのポイントは昨日のポイントより山奥にあり、沢沿いの平坦な土地が広大なため、いかにも冬虫夏草が量産しそうな優良物件でした。ここならイリオモテクマゼミタケの他にも珍しい冬虫夏草が見つかりそうです。

しかし意外にも、なかなか冬虫夏草が見つかりません。普通種のヤエヤマコメツキムシタケを1本見つけてからしばらくは、カメラの電源を入れる必要がありませんでした。昨日あれほど簡単に見られたイリオモテクマゼミタケが、こんなにも良さげな環境に1本も見つかりません。井上尚弥がドネア相手に苦戦して12ラウンドフルで戦ったときくらい意外でした。

ヤエヤマコメツキムシタケ(これは西表島産)

しばらく林内をウロウロすると、見慣れない黄緑色の冬虫夏草が目に入りました。この色はメタリジウム属の冬虫夏草っぽいです。しかし石垣島でこの系統の冬虫夏草は見たことがなく、キノコ部分だけでは何とも種類が分からないので、ひとまず寄生されている昆虫を掘り出すことにしました。

黄緑色の冬虫夏草

冬虫夏草の根本にはシダや木の根っこが入り組んでおり、掘り出すのはかなり難航しました。キノコ部分の柄が細長く、壊さないように慎重に掘っていたら、宿主の正体が分かるのに総じて3時間以上かかったと思います。もしセミの幼虫が出てきたら初見のアマミヤリノホセミタケかな?と予想していましたが、もしセミの幼虫ではなかった場合かなり珍しい種類であることは確定なので、絶対に折らないように丁寧に掘りました。

たった数センチ掘るだけで大変

果たして、地面から出てきたのはコメツキムシ(甲虫)の幼虫でした。セミではないということは、予想してたアマミヤリノホセミタケではありません。鱗翅目(蛾や蝶)の幼虫だったらミドリトサカタケかな?などとも予想していましたが、それでもありません。コメツキムシから生えるメタリジウムは近年クサイロコメツキムシタケという種類が本州で見つかって記載されているので同種か近縁種と思われますが、詳しくは成熟した個体を詳細に観察しないとわからないので保留です。

結局、この場所ではイリオモテクマゼミタケは見つかりませんでした。あれだけ目立つキノコが見つからないということは、ここには本当に無いのでしょう。これなら確かに幻かもしれないと思いました。一番最初にこの場所に来ていたらイリオモテクマゼミタケに対してまた違った印象を受けていたはずです。

もしかしたら、イリオモテクマゼミタケは山奥には少ないのかもしれないと思いました。実は以前、イリオモテクマゼミタケに寄生されたと思しきクマゼミの死骸を拾ったことがあるのですが(4月の石垣島で。そのときはキノコは生えておらずただの死骸)、拾った場所はなんの変哲もない普通の緑地公園でした。いかにもジャングルの奥地に生えていそうな珍種感があるので誤解していましたが、たぶんイリオモテクマゼミタケは公園や林道脇など、撹乱された人為的な環境が好きな種類なのです。その証拠に、普段なら絶対に見ないであろう本当にしょうもない環境の公園で試しに探してみたら、10分くらいの探索で何個体もイリオモテクマゼミタケが見つかりました。

確かにクマゼミの鳴き声をよく聞くのは、山奥よりも街路樹とか民家の庭とか公園とか、人の暮らしに近いところに多い印象があります。冬虫夏草の生態というよりも、クマゼミが多いのがしょうもない環境だからこんな場所で見つかるのでしょう。わざわざ八重山諸島まで来て公園で冬虫夏草を探す人は少ないでしょうから、今まであまり見つからずに珍種扱いされていたのだと思いました。イリオモテクマゼミタケが多い環境が分かっただけでも収穫でした。

今回の遠征では、30個体くらいのイリオモテクマゼミタケに出会うことができました。半分以上は現地に放置しているので、また来年以降も元気に寄生すると思います。持って帰ってきた個体は追培養して、いずれ黒バックの深度合成をしようと思います。今回の遠征は雨続きでずっとびしょ濡れになりながらの大変な探索でしたが、想像以上に収穫があって本当に楽しかったです。

fin.

個別にメッセージをお返しします。