断絶
『断絶』リン・マー 藤井光 訳 (白水社 エクス・リブリス)
場面と場面をあるイメージでつなぐこと、またはひとつの事象を例えるなら人物などを場から場へと移動させること、緩やかな急激な転換をもってその場面を印象づけること、それをブリッジを架けると表現する。それは断絶を埋めていく行為であり、あるいはさらに断絶を浮かび上がらせ、ある事象をそこから切り放そうとする行為である。
2011年、中国で発生した〈感染症シェン熱〉が世界に蔓延していた。〈熱病患者たちは習慣性の生き物〉で〈何十年も行ってきた、決まり切った動作や手順をなぞって〉動き回りながら、徐々に腐敗していく。ノスタルジー性が強く思い出の曲に涙したりする、ゾンビのような感染者で溢れていく世界。
ニューヨークの出版製作会社で働く20代後半のキャンディスは、住民や同僚が次々と感染、逃げ出し、電車もバスも機能しないなかギリギリまで勤務先に留まっていたが、ある日とうとう脱出を決意する。あるひとつの光が彼女を突き動かしたのだ。
〈ニューヨークを脱出した最後のひとり〉となったキャンディスは、8人の生存者のグループに発見され仲間に加わることになる。リーダーボブのもと、シカゴにある安全が確保された〈施設〉へと向かう旅が始まる。
『断絶』は、グループに加わってからの現時点とキャンディスの過去を行き来しながら、記憶をつなぐように進んでいく。恋人ジョナサンとの出会いと別れ、中国移民からの移民として両親に連れられて6歳でアメリカに渡ったこと、アートを目指しニューヨークへ来て撮り続けた写真、出版社制作の仕事と理想のギャップ。そこにある様々な断絶。
現時点にも断絶はやってくる。感染者の家に侵入し生活用品から麻薬までを略奪する〈ぶらつき〉と名付けた行為、生き残りは選ばれた者だという狂信的なリーダーボブに反発を示すメンバー、グリープ内での熱病感染、たどり着いた〈施設〉へのボブの執着。キャンディスは〈施設〉内でボブに閉じ込められてしまう。断絶。それは彼女の内にある光に関係していた。
プロローグから第26章まで、章と章をつないでいく作者リン・マーの手つきが好きだ。それ以上に、場と場に架けられた文章の妙に痺れる。
グループが〈始まり〉メンバーが焚火を囲み互いの腕に絆の刺青を入れるシーン。〈とにかく止まらずに進み続けることだ。と私たちは心に刻み込んだ〉。その後に続く〈ほんとうのことを言えば、私は〈始まり〉のときにはいなかった〉。
熱病患者が歌う鼻歌が、恋人ジョナサンが去った部屋に響く音楽のベースの音に移行する〈お前は独りだ。お前は独りだ。本当に独りだ〉。断絶をつなげるようにしてまた突き放すのだ。
〈思い出はさらに思い出を生む。シェン熱とは記憶の病であり、熱病患者は自分の思い出のなかに果てしなく囚われてしまう〉ならば、キャンディスと熱病患者を隔てているのものは何であるのか。ノスタルジーで括られてしまうのか。
キャンディスがニューヨークを脱出するまで続けていたブログ〈ニューヨークゴースト〉に投稿した、シェン熱禍で残された馬の写真。
〈馬がタイムズ・スクエアを走っているのに誰も見ていなかったら、それは本当に起こったことになる?〉
〈施設〉に閉じ込められたキャンディスの夢に、まるで光に呼び出されたように死んだ母親の亡霊が現れる場面がある。〈チャンスはそう多くないよ〉と告げ、この先の行動について細かい指示を出すのだが、実は、生前の母親との間にも深い確執はあったのだ。それでもキャンディスは強い光の存在を感じていた。
ラストシーン、大きな川に赤い橋が架かりその向こうには街が続いてる光景をキャンディスは見ている。彼女の抱える光の胎動は果たして断絶へのどのようなブリッジとなり得るのか、しばし考え込んだ。